第848号コラム:伊藤 一泰 理事(近未来物流研究会 代表)
題:「混沌とする世界情勢と日本の進むべき道」
◆はじめに
「混沌とする世界情勢、、、」というタイトルを見て、多くの方々は大企業に関わる問題だと思うだろうが、実は、大企業だけでなく中堅企業や中小企業にも直接・間接に関わってくる問題である。
企業規模に拘わらず、ほとんどの経営者は国際情勢を把握しておく必要がある。
多くの場合、経営トップ自ら情報収集を行い、米国や日本が今後どうなるのか、自分たちが属する業界にどのような影響があるのかを注視している。
もし、この努力を怠っている経営者がいたら、その会社は危うい。世界の政治、経済、社会がどのように変容し、自分の会社がどう影響を受けるのか、諸課題に対して如何に対処すべきか、経営者は常に考えるべきである。
◆米国政治の行方と日本が対応すべき問題
今年は選挙イヤーと言われているが、最も重要な選挙は米国大統領選挙である。
返り咲きを狙う78歳のトランプ氏か、女性初の大統領を目指す60歳のハリス氏か、歴史的な大接戦と言われていたが、蓋を開けてみたら何とトランプ氏の圧倒的な勝利だ。本稿を執筆中、米国各州で開票が進み、NHKとテレビ朝日は、識者をゲストに呼びリアルタイムで選挙状況を伝えていた。正しい対応だと思った。
激戦7州の選挙人のほとんどをトランプ氏がするに至り、緊張感が走ったのは米国や日本だけではない。メキシコなど中南米諸国や現在戦争状態にあるウクライナやガザ地区への影響は多大なものがある。
トランプ氏の勝利の要因に、有権者が抱える経済状況への不満が上げられている。
米国内のインフレや移民問題への懸念が浮き彫りになった形だ。
また、やはり女性大統領誕生への抵抗感があると見られている。
この選挙を通じて、米国社会の根深い亀裂が浮き彫りになった。
社会階層別の分断が一層進み、不安定な状況は続きそうだ。
米国がウクライナ戦争などの国際紛争への関心が低下することが懸念されている。
トランプ氏は、ウクライナについて、24時間以内に戦闘を終結させると言っている。
24時間というのは大袈裟だが、ウクライナにとっては、米国の軍事的支援が縮減されて、
停戦せざるを得ない状況に追い込まれることを意味している。
たとえば、国境の線引きがロシア側に有利な形になり、NATOへの加盟申請の
断念など、ウクライナ国民の意向に沿わない形での戦争終結となる。
トランプ氏は米国第一主義者であり「Make America Great Again」という言葉を何度も口にしている。
「偉大な国にする」という力強いフレーズは米国民の心に響いている。
7月にペンシルベニア州で銃撃されたとき、トランプ氏は一瞬しゃがんで退避したが、
直ちに立ち上がり、拳を振り上げ力強さを演出した。
パワフルな大統領を求めていた米国民の琴線に触れた瞬間であった。
大統領のみならず上下両院まで共和党、いわゆるトリプルレッドの状態となり、連邦裁判所の裁判官の人選が共和党寄りとなっていけば、行政、立法、司法という三権分立の意味がなくなる。この状況について、ユーラシア・グループ社長のイアン・ブレマー氏は
「民主主義の危機」と言っている。
経済面で日本に与える影響は大きなものがある。
もし、関税の大幅引き上げを唱えるトランプ氏が来年1月に就任すれば米国市場が一気に閉ざされる可能性が高く、日本の輸出産業にとって大きなマイナスになる。
一方でトランプ氏は、石油・天然ガスなど化石燃料については「掘って、掘って、掘りまくれ」と演説している。
気候変動対策を最上位に置いてきた民主党バイデン政権の政策からエネルギー価格を重視する政策に大きく転換することになる。
話が逸れるが、米国大統領選挙の直前、旧ソ連構成国であるモルドバの大統領選挙で、EU加盟推進派(親欧米派)の現職サンドゥ氏が再選された。
旧東欧諸国では、ロシア側につくべきか、EU側につくべきかで揺れている。
その中、小国ながら注目を集めていたモルドバの大統領選挙は、日本では大きなニュースになっていないが、今後とも注視していくべき国のひとつだ。
ちなみに、トランプ氏は強いリーダーへのシンパシーが強いと言われている。
プーチン、習近平、金正恩といった専制主義的な独裁者に心を寄せてもらっては困る。
また、トランプ氏に近しいイーロン・マスク氏が政権内で重要なポストを得る可能性があり、この点も要注意である。
また、ワシントンの連邦政府の官僚たちは、大勢クビになる可能性がある。
周りをトランプ氏のイエスマンで固めるためだ。
官僚たちが確固とした信念を持たない素人集団になれば、何を言われても「はい、はい」とトランプ氏の言いなりになるのであろう。
また、共通の価値観を持つ日本など同盟国の中においても米国はこれまでのようなリーダーシップ取れないと見られている。
そのうえ、日本には米軍駐留経費の増額要求が出てくる。
日本政府としては、「もしトラ」の対応シミュレーションはしていたと思うが、本当に大丈夫か?ずるずると米国の要求を呑んでしまうことになりそうで心配だ。
ここに至って、日本は米国追随方針を変えざるを得ない。
日本は、これまで米国の顔色を伺って、自らの道を決めてきた。
トランプ大統領誕生に対して過剰な反応はすべきでないと言われるが彼の要求の背景をしっかりと読んで、是々非々的な対応をすべきだと思う。
トランプ氏は、日米の力の不均衡、軍事的な優位性をベースにディールを仕掛けてくる。米国の顔色をうかがう日和見主義から脱却し、自らの国益に立脚した独自外交を展開していくべきときが来ている。
◆日本の政治体制
11月11日、第二次石破内閣が発足した。1994年の羽田内閣以来30年ぶりに「少数与党」による内閣がスタートした。10月27日の衆議院議員選挙では、現職大臣が落選し公明党石井代表まで落選するなど波乱に満ちた結果となった。
自公与党が過半数割れとなったため日本版「ハングパーラメント」(宙づり議会)が出現する。
一枚岩とは言えない野党ではあるが、国民民主党が「国民の手取りを増やす」政策を掲げて、
大幅に勢力を伸長させたことから、税制など重要政策でキャスティングボートを握ったことは興味深い。
税や社会保険に関する年収103万円、106万円、、、の壁の問題で、揺さぶりをかけている。
自公が少数与党になったため、従来のように有力幹部だけで政策の大筋を決定して、国会審議を形式化することは出来なくなる。
国会できちんと論議することになり、政策決定の透明性という点では是とされる。
たとえば、従来、自民党税制調査会のインナーと呼ばれる一部の有力議員だけで決められてきた税に関する重要政策が表に出て議論されている。
これだけでも政策決定の透明性の観点からは評価される。
これからは、個々の政策ごとに議論を重ねて結論を導く「パーシャル連合」という形に
なっていくものと思われる。
そして、日本の国内政治のダイナミックな変化は、米国やアジア諸国を中心に広がりを見せ、結果的に世界政治に影響を与え、国際秩序に与える影響あると思っている。
◆経済および企業経営における論点
企業のグローバルな活動によって、為替変動が企業経営に与える影響が大きくなっている。
トランプ大統領となり、円安がどこまで続くのか、為替リスクの回避を真剣に考えて対応することが求められる。
企業としては、誤った見通しの取引を行うことで、為替差損を計上することがないよう対応していく必要があり、国際情勢に今まで以上に注視しなければならない。
日本の「デジタル赤字」は、この8年で倍増し約5兆円となった。
これ以上赤字を増やさないよう奮起しなければならない。
最後になったが、国際人の育成も重要課題だ。
日本が諸外国に進出するだけではなく、半導体のTSMCが熊本に進出したようにアジア諸国が日本に進出することが多くなりそうだ。
正直言って日本企業の中に真の国際人は少ない。
英語が話せる人はいても多国籍なスタッフと一緒に仕事した経験のある人は少ない。
これからは、ダイバーシティに加え「インクルーシブ」の考え方が求められる。
国や言葉の違い、もっと言えば人種や宗教の違いを相互に認め合い共生して仕事が出来ないといけない。
自動翻訳が普及したとしても、本当の意味で意思疎通ができて、仕事をスムーズに進めるため、真の国際人の育成が急務だと思っている。
以上
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