第852号コラム:町村 泰貴 理事(成城大学 法学部 教授)
題:「民事裁判IT化は国際訴訟に及ぶか? 」
民事裁判のいわゆるIT化は、令和4年に民事訴訟手続のIT化を定めた法律が成立し、令和5年には民事執行手続、倒産手続、家事事件手続等をIT化する法律が成立し、一部は施行され、手続に用いられるシステムの構築を進めて、民事訴訟手続IT化法は令和8(2026)年5月までに、その他の民事手続IT化法は令和10(2028)年6月までに、それぞれ全面施行される予定である。
これらの法律が実施されると、少なくとも国内の民事裁判はオンライン申立てとシステム送達が原則となり、口頭弁論や争点整理手続などの各期日はウェブ会議システムを用いて行われ、デジタル化された訴訟記録はオンラインでアクセス可能なサーバー上で管理されることが通常となり、民事訴訟手続は少なくとも空間的な制約からかなりの程度解放されることが予想される。そうなると、現在最も空間的な制約で不便を強いられている国際訴訟にも、IT化による改善を期待するのが自然の流れである。
例えば、海外在住の当事者が日本の裁判所に訴えを提起する場合には、オンライン申立てとシステム送達、ウェブ会議システムによる審理を全面的に利用することで、一度も日本に来ることなく、あるいは日本の弁護士を代理人とすることなく訴訟追行することが理論上は可能となる。逆に海外在住者を被告とする場合も、最初の訴状送達だけは国内と同様にシステム送達によることは困難であるが、それ以外は全てオンラインで手続を追行することが可能となろう。このような薔薇色の未来が実現するかもしれないと、ついつい期待してしまう。
しかしながら、送達は国家主権の一部としての裁判権の行使であり、日本国外にいる者への送達は、条約や二国間協定で認められている方法によって行う必要がある。現在は、受送達者の所在地国の関係当局(場合により所在地国の裁判所)を通じての送達か、または在外公館による送達によることになり、日本の最高裁から外務省を経由して外国当局または在外公館への送達嘱託を行わなければならない。オンライン技術の発達以前に、受訴裁判所が他国に所在する当事者へ送達書類を直接郵送することができるかどうか問題となっていたが、少なくとも国際条約上は原則として不可能であり、ただ当事者所在地国が拒否宣言をしない限り郵送することができるとされているに過ぎない。現在、日本の裁判所は他国所在当事者に仮処分申請書や呼出状をEMSによって直接郵送しているが、これは当事者所在地国が拒否しない限りで行われるものであり、しかも仮処分の場合は期日呼出状を送達による必要はなく、相当と認める方法によれば足りるとされている(民事保全規則3条1項)ことから可能になっている。そうすると、オンライン技術を用いたシステム送達も、他国に所在する当事者に対しては原則としてできないということになりそうである。なお、皮肉なことに日本政府は、日本国内在住者に外国裁判所が直接郵送して送達を行うことについて拒否宣言をしているので、相互主義的な観点から言っても外国在住者に直接の送達を認めるよう要求できる立場にはないかもしれない。
ウェブ会議システムによる口頭弁論期日に日本国外在住者が参加することも、当事者として自ら参加する場合はともかく、証人として強制的に参加させることには主権の壁がある。この点も日本の批准している国際条約で嘱託尋問を外国当局(日米の二国間では裁判所)または在外公館が行うことが規定されている。少なくとも日本の裁判所が行うウェブ会議システムによる証人尋問に、海外在住証人がアクセスして尋問を受けることは、国際条約上は予定されていない。そして主権の問題だとすれば、当該証人が同意していても合法となるわけでは必ずしもないであろう。
そうなると、国際訴訟には送達面でも証拠調べの面でもIT化の恩恵は受けられないことになりそうである。しかし、既にIT化が進んでいる外国での議論は、さらに先を行っている。民事訴訟の国際司法共助に関する多国間条約を管轄するハーグ国際司法会議では、加盟国間でIT化による国際訴訟の簡素化の可能性を議論しており、電子メールによる直接送達やシステム送達の外国在住者への適用、さらには外国在住証人の尋問方法のIT利用の可否をアンケート調査している。その結果によると、一部の加盟国の間では送達や証拠調べをオンラインで行うだけでなく、従来の条約の枠組みを実施する際に必要となる国家間の嘱託行為について電子メールやウェブフォームによるオンライン化も試みられている。例えば外国当局による送達を行うには、受訴裁判所から外務当局、外務当局から送達実施国の当局、そして実施機関へと送達事務の嘱託書面が郵送され、送達報告書も同様のルートで送付されることになり、送達の完了までに数ヶ月から一年の期間を要していた。この郵送をオンライン化すれば、国内送達とそう変わらない期間での送達が可能になることも期待できる。ただし、それぞれの機関が迅速に処理する意欲があることが前提ではある。その点は措くとしても、電子メールを利用するのであればメールアドレス、ウェブフォームでの受付けであればそのURLが、受訴裁判所・国と送達実施機関・国との相互に共有されていなければならず、そのための基盤整備が必要である。
従って、日本が民事裁判手続にIT化を導入し、その効率性を国際訴訟にも及ぼすためには、現在ハーグ国際司法会議の場で進められているオンライン嘱託・受託プロセスの相互運用基盤を構築する作業に参加し、かつオンライン上の国内窓口を整備し、その情報を他国と共有してオンライン嘱託・受託のシミュレーションなどを行なっていく必要がある。日本政府の関係部局がそうした取組みを進めているかどうか、詳らかではないが、是非とも積極的に行なってほしい部分である。
【参考】
法務省民事局「IT化に伴う国際送達及び国際証拠調べ検討会に関する取りまとめ」(2021)
【著作権は、町村氏に属します】