コラム第857号:「2025年はAI法元年になるか?」
第857号コラム:須川 賢洋 理事 (新潟大学大学院 現代社会文化研究科・法学部 助教)
題:「2025年はAI法元年になるか?」
2025年もAIに関する法制がいろいろと論じられる年になる。
まず、政府は昨年末から今年の始めにかけて、AIに関する法案を今度の通常国会に提出する方針を順次公表しており、その概要が少しずつリークされている。本稿執筆時で、従来から必要性が言われている「透明化」や「適切な研究開発」などのほかに、「悪質な事業者名を公表する」方針であることが報じられている。悪質とは、著しい人権侵害などを指すようである。
このような法を制定することになったのは、何と言っても欧州(EU)の「AI法」の影響が大きい。しかし、EUがこのAI法(当時は「AI規制法」という言い方をすることもあった)を制定すると決めた4-5年前の時点では、日本はEU同様の法規制を行うことを見送り、業界等の自主ガイドライン等で対応するという方針を立てた。その後に、Chat GPTを始めとする生成AIの爆発的な進化・普及が起こり予想外に速く一般社会や生活にもAI利用が浸透し、そんなことを言ってられる状況でなくなったことは容易に想像がつく。本家EUのAI法も、昨年の法案可決前に、急遽、生成AIに関する規程を追記した上で法律を通している。
このAI法の詳細に関してはすでに各所から解説が出ているのでそちらを参照してもらいたいが、AIをその性能(高度差)や危険度によって段階的に分け、その段階毎に規制レベルを変えていることが特徴である。発効の2024年8月2日を起算点として半年、1年、3年…といった時点で順次適用されていくことになっており、「容認できないリスクを伴うAI」に関しては、この2025年2月から法規制が始まることになっている。汎用型AIについても8月には規制が始まり、2027年8月には大部分が適用される。
AI法に関して、我々日本人がもっとも意識しなければならないことは、この法律には「域外適用」を明記している部分があるということである。そう、このAI法は実はGDPRと同じようなアーキテクチャーで作られている。これを見落としている人が意外と多いので注意が必要である。
そしてAIに関する法規制の分野においても、他の様々なIT技術、セキュリティ、個人情報・プライバシー問題等と同様に、日米欧の三極による立場や考え方の違いがはっきりと出ている。つまり法規制はできるだけ少なくし積極的な活用や発達・発展を目指すのが米国方式であり、リスクベースで問題点を予め洗い出し防波堤を張るように法規制を行うのが欧州方式、その両方を見ながらなんとか独自のやり方はできないものかと模索するのが日本方式である。今回のように我が国で再び法制定の側に舵が切られたことも良い例であろう。もちろんそこには、いわゆるGAFAMやNVIDIAといった主要技術やシェアを握る企業が米国の独占であることも言うまでもない。GDPRにおいても米国への対抗策としてEUが打ち出したものであることは今更言うまでないが、このAI法がGDPRの二匹目のドジョウを狙ったものであることは当初法案時点から明らかに見て取ることができるものであった。それ故、我が国としても我々としても、AI法が第二の黒船にならないように注意していく必要がある。
それともう一つ、これまたAI法の分析で見逃されがちなことであるが、EUのAI法でも安全保障関係に関しては法の扱いの対象から外しているということも注意が必要である。我が国では何でもかんでも一色単にした法律ができがちなので、こちらは現実に即した法律になるよう我々も注意していく必要がある。
最後に、EU(European Union)のAI法とは別に、欧州評議会(Council of Europe)にてAI条約が作られていることも、これまたあまり知られていないので、念頭に置いておいてもらいたいと思う。こちらも昨年2024年5月に採択されている。この条約の影響が日本法に出てくるようになるのはもう少し先になるであろうが、ある程度の年代の人達は、サイバー犯罪条約批准に際して、コンピュータウィルスに関する法整備(現行刑法の不正指令電磁的記録作成罪等)が非常にゴタゴタしたことを覚えておられる方も多いであろう。あの時と今は、政府の状況、つまり与野党のバランスや混乱状況が非常に似ているということを若い世代の人には知っておいてもらいたい。
その他にも2025年は、知的財産や自動運転、さらには医療分野など多くの領域においてAIに関する法制度改正が行われたり論じられたりする年になるはずである。技術の進化が非常に速い分野であるので、法律や制度がそれから遅れたり、現実社会の実態から方向性がずれたりしないように皆でリアルタイムにチェックしていく必要がある。
以上
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