コラム第859号:「専門家の判断支援に必要な非連続的発見」

第859号コラム:守本 正宏 理事(株式会社FRONTEO 代表取締役社長)
題:「専門家の判断支援に必要な非連続的発見」

 生成AIの話題が出ない日はないほど、生成AIの出現は世界に衝撃を与えた。生成AIは瞬く間に普及し、半導体や電力の急激な需要増加を引き起こした結果、経済や安全保障の領域にも多大な影響を及ぼしている。生成AIの普及は間違いなく我々の社会の発展に貢献し、同時にハルシネーションや著作権侵害の課題も浮き彫りにした。Pros & Consは全てのものに存在しているため、そのバランスを取りながらうまく社会実装していくであろう。
生成AIは、深層学習等の手法を駆使して、人が作り出すような文章や画像、音楽などのコンテンツを自動で生成する事ができる。あたかも人が考えたかのようなその振る舞いは、AIが人に近づいてきたかのような錯覚に陥る。さらに、人にしかできないと思われていた、人が望むアウトプットを的確に出してくれ、その結果には感動すら覚える。
 一方、生成AIは世界を変える技術の一つではあるものの、生成AIがAIの最後の到達点でもなければ、全てを解決できる技術でもない。
 特にデジタル・フォレンジックでも取り扱う、誰も気づいていない事実(証拠)の発見が必要な場合には、生成AIや従来のAIの手法ではその発見は仕組上不可能である。なぜなら、気づいていない事実は認識されず、統計的なアプローチだけでは発見することができないからである。また、医薬品開発においては、創薬で行う、世界がまだ気づいていない、病気と創薬ターゲット(薬が標的にする分子・遺伝子)との関係を新しく発見しなければならない。新しくなければ、ビジネスとして価値がないからである。記載がないものを見つける事を非連続的発見と呼ぶ。非連続的発見は従来の手法では見つからない。確からしいものを統計的につなげるだけでは、いわゆる連続的な発見にしかならない。AはBと関係がある。BはCと関係がある。すなわちAとCは関係がある。これは連続的発見である。(将棋のように100手先は人では理解できないので、あたかも非連続的発見のように思えるが、事実は存在しており、いつかはコンピュータでは見つける事ができるため、連続的発見である。)しかし、例えば万有引力が知られていない時の万有引力の法則や、電球が発明されていない時に、電球のフィラメントに必要な材料を特定することは、たとえその時代にスーパーコンピュータや大規模言語モデルがあったとしても、存在しないものを見つける事は不可能である。発見するためには、いわゆるエジソンが言う1%のひらめきが必要なのである。
 天才は、1%のひらめきと99%の努力である。は有名な言葉だが、これは“1%のひらめきだけでは、何かを成し遂げる事はできない。人は努力することが重要である。”といった意味で、子供たちに努力の重要性を説くために引用される。しかし、前述したように、大規模データを高出力のコンピュータで調べてもないものはみつからない。この場合の大規模データを扱う高出力のコンピュータは努力の塊であると言える。ひらめきがなければ、新しい発見はできない。ひらめきが如何に重要であるかが理解できるであろう。
 ひらめきは、現時点では、人、特に訓練された専門家の特権である。訓練された専門家でなければ、例えば、扇子が目の前にあっても、扇子に使われている竹をフィラメントに使おうとは思わない。リンゴが落ちても万有引力の法則は気づかない。(リンゴが落ちたのを見たことがある人は数えきれないほど存在したはずだが、ニュートン以外で万有引力という考えにたどり着いた人はほとんどいないと言えるだろう。)
 ひらめきには、いまのところ、ひらめきを起こせる専門家とひらめきを誘発できるようなAIとの組み合わせが必要である。つまりまだまだ人の力が必要だということだ。デジタル・フォレンジックを含めた専門性の高い領域では、専門家の知識と努力によるひらめきとAIの協力関係があって初めて非連続的発見が可能となる。
 ただし、将来、人のひらめきを代わりにできるようなAIが現れる事を否定するものではないし、その出現を期待したい。
 
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