コラム第871号:「物理的な「場」とバーチャルな「場」」

第871号コラム:石井 徹哉 理事(明治大学法学部専任教授)
題:「物理的な「場」とバーチャルな「場」」

1 最近、報道等でオンラインカジノが取り上げられることが増えてきています。オンラインカジノの関与者を日本の刑法により処罰するためには、犯罪が日本国内でおこなわれたこと、「日本国内において罪を犯した」ことを必要とするのが原則です(刑法1条)。これを属地主義といいます。問題は、「日本国内において罪を犯した」とはどのようなことを意味するのか、どのように判断することになるのかということにあります。このことについて、学説もおそらく判例も、いわゆる遍在説との立場をとり、行為者の行為又はその結果のいずれかが日本国内において生じれば足りるという考えをとっているとされます。
 ただ、このような理解は、少々不正確であり、誤解を招きうるものといえます。もともと、ドイツにおける遍在説の理解は、Tat(所為と邦訳されることが多い)の一部が国内に生じていればたりるというものです。ドイツで構成要件がTatbestandであり、故意の認識対象がTatumständeということが示すように、Tatは、犯罪事実、構成要件に該当する事実を指し示すものと理解してよいでしょう。他方で、わが国における刑事手続における犯罪事実、罪となるべき事実は、基本的に刑罰法規の条文の文言を解釈して構成要件要素を明らかにし、構成要件にあてはまる具体的事実をもとに記述されます。以上の点に鑑みると、公訴の段階でみれば、罪となるべき事実において訴因として記述されている具体的な事実の一部が日本国内において生じていればよいと考えることができます。
2 このことオンラインカジノについてみると、海外のサーバにゲームマシンを設置し、日本国内のカジノの利用者にスマホ等の端末操作により課金させてカジノゲームを利用させた場合、日本国内においてゲームをした者が賭博行為を日本国内でおこなったといえ、日本の刑法が適用できることに争いはないでしょう。では、海外に居て海外のサーバにカジノゲームを設置し、日本のユーザにゲームをさせた者について日本の刑法を適用できるのでしょうか。
 海外に居て海外のサーバを操作しているという物理的な事実だけをみるならば、日本刑法の適用は難しいといえるでしょう。しかし、構成要件に該当する事実、罪となるべき事実という視点からみると、必ずしもそうとは言い切れません。すなわち、カジノのユーザは、スマホ等を操作しているだけのように見えますが、ユーザはスマホ内のアプリだけを操作しているのではなく、スマホのアプリを通じて海外のサーバに導入されているアプリケーションをも操作していることになります。物理的に設置されたスロットルマシンで遊戯する場合には、機械の前に座るなりして、機械にコイン等を投入し、スロットルを引き、ボタンを押してドラムの回転を止めます。オンラインカジノは、ネットワークを通じてこの状況を海外のサーバとユーザのスマホ等が一体となって実現しているのです。
 そのため、物理的世界でスロットルマシンの設置者が客との関係において常習賭博罪が成立するように、海外のサーバにカジノマシンを導入した者もカジノのユーザとの関係において常習賭博罪が成立することになります。しかも、ネットワーク空間におけるサーバのマシンとユーザの端末操作が賭博行為に不可欠なものであることから、海外に居て海外のサーバにカジノマシンを導入した者は、サーバの設置場所と日本とに跨がってカジノマシンを設置したものといえ、日本刑法を適用することが可能となります。
 同様の理解は、オンラインカジノで実況型リアルタイムのテーブルゲームに参加させ、課金させる場合についてもあてはまります。この場合、ルーレットにしろ、バカラにしろ、課金が賭博行為に不可欠なものであり、カジノサイトとユーザの端末がネットワークを通じ一体となって賭博行為を形成するものといえ、カジノサイドのディーラについて常習賭博罪が成立することになり、日本刑法を適用することが可能となるでしょう。
3 以上の理解からは、オンラインカジノ全体について「賭博場」を開帳したといえるだけでなく、賭博場としてのオンラインカジノがサーバが設置された海外の地にとどまらず、日本にも接続することにより日本国内も含めてバーチャルに「賭博場」が開帳されていることになり、関係証拠により立証できるのであれば、オンラインカジノ設置者について賭博開帳図利罪により日本の刑法を適用できることになります。
 このことは、オンラインカジノのパッケージセットを販売し、オンラインカジノを開設させた者について、賭博開帳図利の従犯、場合により共同正犯としての処罰可能性を開くことになります。また、オンラインカジノ関係者のカジノによる収益は、犯罪収益となり、これと混和した財産も含めて組織犯罪処罰法の犯罪収益等に関する各罪の客体となり、組織犯罪処罰法違反の罪に問うことも可能となります。これは、オンラインカジノの広告をカジノから有償で展開している者、さらにアフィリエイタについてオンラインカジノの犯罪収益等を収受したといえる場合があり、単なる賭博罪ないし常習賭博罪にとどまらず、組織犯罪処罰法違反の罪にされに問うことも可能なり得ます。
 ネットワークにおける犯罪について検討する場合は、単に端末やサーバが物理的にどこにあるのかだけをみるのではなく、罪となるべき事実、犯罪事実を記述した場合、その具体的事実がどこのどのように生じているのかも検討することが必要ではないでしょうか。

参照
石井徹哉「オンラインカジノについて」法律論叢97巻2=3号1頁以下。

【著作権は、石井氏に属します】