コラム第878号:「仮想通貨の取引履歴に対するプライバシーについて―United States v. Gratkowskiを手がかりに」
第878号コラム:尾崎 愛美 理事(国立大学法人筑波大学 人文社会ビジネス科学学術院法曹専攻(法科大学院) 准教授)
題:「仮想通貨の取引履歴に対するプライバシーについて―United States v. Gratkowskiを手がかりに」
1.はじめに
ビットコインをはじめとする仮装通貨(暗号資産)は、ブロックチェーン上の記録が公開かつ改ざん困難であることから新たな決済サービスとして注目される一方で、匿名性という性質ゆえにマネーロンダリングやランサムウェア攻撃といった様々な犯罪の場面で悪用されるリスクがある。仮装通貨が犯罪に悪用された場合、捜査機関としては、仮想通貨取引所への照会を行う等の捜査を行うことが考えられるが、このような照会にあたっては、どのような手続が求められるのであろうか。この点について、近時の米国では、仮装通貨の取引記録の提出に関して令状の要否が争われた事例が存在する(United States v. Gratkowski, 964 F.3d 307 (5th Cir. 2020).以下、「Gratkowski判決」という。)。本コラムでは、同判決の概要について紹介することとしたい。
2.事案の概要
Gratkowski判決の事案は以下の通りである。捜査機関は、児童ポルノのウェブサイト(以下、「本ウェブサイト」という。)に関する捜査の過程で、被告人を含む一部の利用者が本ウェブサイトからコンテンツをダウンロードするためにビットコインで対価を支払っていたことを突き止めた。そこで、捜査機関は、公開されているビットコインのブロックチェーンを分析するため外部のサービスを利用し、本ウェブサイトが管理しているビットコインアドレスのクラスターおよび本ウェブサイトのビットコインアドレスを特定した。その後、捜査機関は、令状を取得することなく、仮装通貨取引所に対し、仮装通貨取引所の顧客アカウントが本ウェブサイトのアドレスにビットコインを送金していたか否かに関するすべての情報の提供を求めた。仮装通貨取引所から提供された情報をもとに、捜査機関は被告人の特定に至り、被告人の自宅に対する令状の発付を受けた。令状にもとづく捜索の結果、被告人宅から児童ポルノが保存されたハードドライブが発見された。被告人は、児童ポルノを受領した罪および児童ポルノを閲覧する意図をもってウェブサイトにアクセスした罪で起訴されたが、ブロックチェーンの分析や仮装通貨取引所からの情報の取得は、合衆国憲法憲法第4修正のいう「捜索」にあたるとして、証拠の排除を求めたところ、第一審(テキサス西部地区連邦地方裁判所)は被告人の主張を退けた。被告人は控訴を提起したが、控訴審(合衆国第5巡回区控訴裁判所)は以下のように判示して、第一審を維持した。
3.判旨
「被告人は、本件において、自身のビットコイン取引記録に対して第4修正に基づくプライバシーが認められるか否かという新たな問題を提起する。政府による捜索が第4修正上の不当な捜索に対する保護を侵害するものであるとされるためには、問題とされる対象物について『プライバシーの合理的期待』を有していなければならない(United States v. Jones, 565 U.S. 400, 406, 132 S. Ct. 945, 181 L. Ed. 2d 911 (2012) 参照)。」
「第三者法理の下では、一般に、個人が自ら進んで第三者に提供した情報については、正当なプライバシーの期待を有しないとされる(Smith v. Maryland, 442 U.S. 735, 743–44, 99 S. Ct. 2577, 61 L. Ed. 2d 220 (1979)(「以下、Smith判決」という。) 参照)。しかし、被告人は、Carpenter v. United States, 138 S. Ct. 2206, 2217, 201 L. Ed. 2d 507 (2018) (以下、「Carpenter判決」という。)に依拠して、(1)ビットコインの公開ブロックチェーン上の取引記録、(2)仮装通貨取引所上の自身の記録に関し、政府が自身のプライバシーの合理的期待を侵害したと主張する。」
「第三者法理を適用した合衆国最高裁判所の判例として、銀行記録は第4修正による保護の対象とはならないと判断されたUnited States v. Miller, 425 U.S. 435, 439–40, 96 S. Ct. 1619, 48 L. Ed. 2d 71 (1976)(以下、「Miller判決」という。)がある。同判決において、最高裁は、銀行記録は…『銀行に自発的に提供され、通常の業務の過程において銀行職員に開示される情報』であると認定している。」
「最高裁は、近時の判例である Carpenter判決において…携帯電話の位置情報記録については、第三者が保持している情報であるにもかかわらず、個人にプライバシーの期待が認められると判示し、情報を第三者と共有したという事実それ自体が、常にプライバシーの期待を排除するものではないと述べた。」
「被疑者は、自身の主張を支持する根拠として Carpenter判決を引用し、ビットコインブロックチェーンに記録された情報に対してプライバシーの期待を有していたと主張する。しかしながら、ビットコインのブロックチェーン上の情報は、Miller判決における銀行記録および Smith判決における電話発信記録に遥かに類似しており、Carpenter 判決における基地局位置情報記録とは明確に異なる。」
「ブロックチェーンに記録される情報は、①転送されたビットコインの金額、②送信者のビットコインアドレス、③受信者のビットコインアドレスに限られており、かかる情報は限定的なものといえる。」
「さらに、ビットコインによる取引は、Carpenter判決において指摘されたような『現代生活において広範かつ不可欠なもの』とは認められず、ビットコインの送受信には、ビットコインアドレス保有者による『自発的な行為』が必要である。」
「加えて、ビットコイン利用者がブロックチェーン上に公開された情報が秘密として保持されることを期待している可能性は低く、Smith判決において指摘されたような『正当なプライバシーの期待』があるとの主張は大きく損なわれる。確かに、ビットコインを利用することで、他の送金手段よりも高いプライバシーを享受できるという側面は存在するが、ビットコイン取引が公開されるブロックチェーンに記録されるという事実は周知のものである。」
「ビットコイン利用者は、公開されたビットコインブロックチェーンにアクセスでき、全てのビットコインアドレスおよびその送受信履歴を確認することが可能である。このような公開性ゆえに、ブロックチェーンを分析することで、ビットコインアドレスの所有者を特定することができる。」
「以上の理由から、被告人は、ビットコインブロックチェーン上の情報に対してプライバシーの期待を有してはいなかったといえる。」
「仮装通貨取引所と、Miller判決における従来型の銀行との主な違いは、仮装通貨取引所が仮想通貨を取り扱うのに対し、従来型の銀行は法定通貨を扱う点にある。しかし、両者はいずれも、規制対象の金融機関として銀行秘密法の適用を受ける。また、いずれも顧客の身元情報および通貨取引記録を保持している。」
「仮装通貨取引所の記録に対してプライバシーの期待を認めることには大きな困難がある。第一に、仮装通貨取引所の記録は限定的である。」
「第二に、仮装通貨取引所を通じてビットコインを取引することは、利用者による『自発的な行為』を要する。ビットコイン利用者には、第三者を介さずに取引を行うことで、高度なプライバシーを維持する選択肢が存在する。しかし、そのためには技術的な専門知識が必要であるため、多くの利用者は、仮装通貨取引所のような仲介機関を通じて取引することにより、一定程度のプライバシーを犠牲にする選択をしている。」
「したがって、被告人は、仮装通貨取引所における自身のビットコイン取引記録に対して、プライバシーの合理的期待を有していなかったといえる。」
4.おわりに
Gratkowski判決の判旨においても指摘されているように、従来、米国の最高裁では、第三者に任意で開示した情報についてはプライバシーの合理的期待を有しないとする第三者法理が採用されていたところ、2018年のCarpenter判決は、第三者法理を限定的に解釈することによって、第三者に提供された情報についてもプライバシーの保護が認められる可能性を示した。Gratkowski判決は、「ビットコインのブロックチェーン上の情報は、Miller判決における銀行記録および Smith判決における電話発信記録に遥かに類似して」いるとして、第三者法理を適用して本件のビットコイン取引記録にはプライバシーの合理的期待は認められないとしたが、これは従来型の第三者法理の復活を意図したものではなく、Carpenter判決の射程は本件のビットコイン取引記録には及ばないと明示しようとしたものと思われる。
Gratkowski判決は、連邦控訴裁としてはじめて、ビットコインのようなブロックチェーン技術を基盤とする仮想通貨に関して、プライバシーの保護が及ぶか否かについて判断を下した点において意義がある。本判決は、本件のビットコイン取引記録にはプライバシーの合理的期待は認められないとして、捜査機関が仮装通貨取引所に同記録の提出を求めるにあたって令状は不要であるとしたものである。ただし、本判決において付言されていたように、仮装通貨取引においては、高度なプライバシーを維持すべく、仮装通貨取引所のような仲介機関を介さない取引形態も想定される。このような場合においても、本判決と同様に、令状は不要との結論が維持されるか否かについては、今後の検討課題となろう。
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