コラム第883号:「AI推進法からみる令和7年通常国会成立のICT関連法」

第883号コラム:須川 賢洋 理事(新潟大学大学院 現代社会文化研究科・法学部 助教)
題:AI推進法からみる令和7年通常国会成立のICT関連法

 先の令和7年(2025年)通常国会でも様々な法律が制定している。その中にはICTに関連するものも多くある。中でも我々に関係あるものとしては、日本版AI法やAI推進法と呼ばれる「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」や、能動的サイバー防御のための法律である「重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律(サイバー対処能力強化法)」があげられるであろう。今回は、このうちのAI新法について簡単に思うところを述べてみたい。
 この法律は、5月28日に成立し、6月4日公布、そしてその大部分が当日に施行されている。AIのような非常に重要な分野における法律がこのように公布日に即日施行されるのには、この法律の性質に伴う理由がある。言ってみれば、この法律は基本法のようなもので、細かな規則や規制を書いているのではなく、「これからこのようにやっていきましょう!」といった感じの目標や意気込みを書いた法律になっており、それ故、短期間での法施行が可能になっている。その意味では、日本版AI法という表現は適切とは言えない。EUのAI法はAI規制法と言われることもあるように、AIを利用することに伴う問題点をリスクベースで洗い出し、そのAIの危険度レベル毎に様々な規制を行うもので、百を超える条文(さらに前文も百項目を超える)からなる非常に重厚なものである。それに対して、日本のAI法はたかだか28条からなる簡素なもので、産官学民がどのように振る舞うべきであるかといった精神論が主となるものになる。そういった意味では、AI推進法といったほうが良いものであり、その実態はAI産業育成法といったものに近いものになる。なので、このAI推進法の各条文も、サイバーセキュリティ基本法を始めとするいろいろな基本法と同じような書き方になっている。その意味では、本法も我が国の安全保障・経済安全保障の一環を担っている法律であり、それは第一条に記載している法の目的からも読み取ることができる。
 そして、サイバー関連の法律では通常は複雑な記載になりがちな第2条の定義規程も一つしかなく非常にシンプルな構造になっている。その第2条は、“この法律において、「人工知能関連技術」とは、人工的な方法により人間の認知、推論及び判断に係る知的な能力を代替する機能を実現するために必要な技術並びに入力された情報を当該技術を利用して処理し、その結果を出力する機能を実現するための情報処理システムに関する技術をいう。”というもので、人工知能そのものの直接定義規程ではないが、人工知能というものについて間接的に定義をしているということについては、斬新なことと言って良いであろう。
 このAI推進法が現場実務に及ぼす影響として留意しなければならない点は第16条にあり、“…(前略)国民の権利利益の侵害が生じた事案の分析…(中略)…調査及び研究を行い、その結果に基づいて、研究開発機関、活用事業者その他の者に対する指導、助言、情報の提供その他の必要な措置を講ずるものとする。”となっている点である。権利侵害が生じた場合に国が何らかの措置を講ずることが明文化されており、ここは読んで分かるとおり、努力義務規程ではない。これと法案可決時に併せて行われた附帯決議から、報道されているように、助言・指導に従わない悪質事業者名を公表するということが取り上げられている。
 さて、最後にこのAI推進法が非常に簡素なつくりになっている最大の理由を紹介しておきたい。それは第18条において政府が「AI基本計画」を定めなければならないことが明文化されていることである、そして併せて政府内に総理大臣を本部長とするAI戦略本部を設置しなければならない。つまりは、我が国のAIへの法規制はすべてこのAI基本計画のほうに記載されることになり、実政策はAI戦略本部にて決められることになる。それ故、法律本体だけでは抜け殻のように見えてしまうわけである。冒頭で法律の大部分は即日施行と述べたが、このAI基本計画、AI戦略本部の部分(第3章および第4章)は三ヶ月以内に施行されることになっている。
 余談になるが、このようなやり方は実は「サイバー対処能力強化法(能動的サイバー防御法)」でも取られており、ひょっとするとこれからのサイバーセキュリティ関連の法律の作り方の主流になるかもしれない。変化が激しいICT分野の法においては、改正に国会決議を要する法律本体はできるだけ汎用性の高いものにしておき、政令やガイドラインなどを状況に応じて修正するほうが現実的であることもまた事実である。
 よって我々としては今後、このAI基本計画や、あるいはサイバー対処能力強化法の基本方針が、どのようなものになるのかということにこそ注目していかなければならない。

(参考)法案提出時の内閣府による概要図は
https://www.cao.go.jp/houan/pdf/217/217gaiyou_2.pdf
にある。

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