コラム第888号:「改正刑事訴訟法によるデジタル時代の証拠収集と課題」

第888号コラム:北條 孝佳 理事(弁護士・NICT 招へい専門員)
題:改正刑事訴訟法によるデジタル時代の証拠収集と課題

1 改正刑事訴訟法
 2025年5月16日、改正刑事訴訟法が成立、同月23日に公布された【注1】。本改正により、刑事手続のデジタル化を目的に各種の規定が整備されるが、そのうちの1つである「電磁的記録提供命令」は、現行の「記録命令付差押え」に代わる新たな捜査手法として位置づけられる。当該命令は、裁判所又は捜査機関によるデータの収集手段として、物理的な記録媒体の押収に限らず、電気通信回線(オンライン)を通じた提供を可能とする点で画期的であり、デジタル時代における証拠収集の円滑化に資するものである。しかし、現行の記録命令付差押えに対してはいくつかの問題が指摘されており、これらは新たな制度で解消されておらず、引き継がれることになる。
 本コラムでは、捜査機関によるデータの証拠収集手続の問題点として、①対象データの特定が困難であること、②広範なデータが収集される可能性があること、③データ主体による不服申立てが困難となり得ること、④データの消去を義務づける仕組みがないこと、について解説する。

2 記録命令付差押え及び電磁的記録提供命令の概要
 現行法の「記録命令付差押え」【注2】は、2011年(平成23年)の刑事訴訟法改正により新設された強制処分である(刑訴法99条の2及び218条1項)。これは、裁判官の発する令状によりデータの保管者等に対し、特定のデータを別の記録媒体(HDD、DVD-R等)に記録又は印刷することを命じ、その記録媒体等を差し押さえる処分である。従来の差押えでは、証拠収集が困難となる分散化されたデータや、データへのアクセスに係る専門知識等が必要なケースに対応するため導入された。処分を受ける者の協力を前提とし、対象となるデータが保存された記録媒体(サーバやパソコン等)をそのまま押収することなく必要なデータを取得できるという点で、合理的かつ効率的な捜査手法である。
 新たに創設される「電磁的記録提供命令」は、裁判官の発する令状によりデータの保管者等に対して、捜査に必要なデータを記録媒体に記録等させることに加えて、オンラインで捜査機関の管理に係る記録媒体に記録又は移転させる方法により提供することを命じるものである。当該命令に係る令状は書面によるもののほか電子令状も可能となり、また、処分を受ける者に対する呈示もオンラインで行うことも可能となり、捜査機関及び処分を受ける者双方の人的・物的負担の軽減に資する。

3 ①対象データ特定の困難性及び②広範なデータ収集の可能性
 現行法の記録命令付差押えの対象は「必要な電磁的記録」であり、押収の必要性はデータ自体に対して判断される。また、令状には「記録させ若しくは印刷させるべき電磁的記録」が具体的に記載される必要がある(刑訴法219条1項)。
 通常の差押えは、捜査機関が現場で令状記載の差押え対象物を判断し、被疑事実との関連性も加味した上で差し押さえることになる。
 一方、記録命令付差押えでは、データの記録作業を行うのは、処分の対象者である通信事業者やクラウドサービス提供事業者等であり、当該事業者が令状に記載された範囲に基づき、差押え対象となるデータを記録媒体に記録することになる。この過程において、当該事業者が、対象となるデータが被疑事実と関連するか否かを捜査機関と同レベルに判断することは期待できないため、捜査機関が事前に、当該事業者と協議を行い、対象データを特定しておくことになる。しかし、当該事業者は被疑事実の内容を詳細に把握することはできず、また、捜査の進捗状況等により捜査機関も対象範囲を明確にすることができないこともあり、令状の記載には、処分を受ける者が記録する範囲を判断できる程度に特定されていれば足りるとされ、①対象となるデータが厳格に限定されないケースも少なくない。
 結果として、本来、②被疑事実と無関係なデータまで記録媒体に記録され、捜査機関によってこれが差し押えられてしまう可能性がある。これは、創設される電磁的記録提供命令においても同様の問題がある。
 なお、記録命令付差押えについて、前述したように、捜査機関は協力的な事業者と事前に協議し、必要なデータが記録された記録媒体を差し押えるという運用がなされているため、事前協議を経て記録された記録媒体に対して、通常の差押許可状を用いて差し押えるケースもある。
 また、処分を受ける者は記録命令付差押えに従う法的な義務はあるが、これに違反しても罰則は設けられていない。そのため、事前協議の段階で拒絶する事業者も存在する。さらに、記録命令付差押えは、電磁的記録に係る記録媒体の差押えの執行方法(刑訴法110条の2及び222条1項)とは異なり、データの「移転」(対象となるデータを他の記録媒体にコピーした上で、元の記録媒体からデータを消去すること)までは認められておらず、執行方法にも一定の制約がある。
 これらの点を解消すべく、電磁的記録提供命令では、同命令に違反した場合に罰則が科されることとなり、被疑者を含めた捜査に協力的ではない者等からも必要なデータを取得することが可能となる。また、同命令ではデータの保管者に対してはデータの「移転」も可能となり、提供元である処分を受ける者の記録媒体からデータが消去されることとなる。さらに、捜査機関による電磁的記録提供命令の場合には、裁判官の許可を受けて、1年を超えない期間、みだりに当該命令を受けたこと及び当該命令により提供を命じられたデータを提供し又は提供しなかったことを漏らしてはならない秘密保持命令が付されることも可能となる。
 電磁的記録提供命令又は秘密保持命令に違反したときは、1年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金が科され、法人の代表者等が法人等の業務に関して違反したときは、当該法人等に対しても同様の罰金が科されることとなる。

4 ③データ主体による不服申立て
(1)準抗告の概要
 刑訴法では、裁判官の裁判に対して(刑訴法429条)、また、捜査機関の押収に関する処分に対して(同法430条)、それぞれ準抗告が認められている。これまでの準抗告の例としては、事件と無関係な物が差し押えられた場合や差押えの必要がないのに押収された場合などがある。
(2)準抗告を申し立てることができる者の範囲
 準抗告を申し立てることができるのは「不服がある者」とされている。対象データの本来の持ち主(サービス利用者等のデータ主体)が含まれるかについて、刑訴法429条の裁判例ではあるが、不服がある者には「裁判の効力を受ける者を包含する」と判断されている(京都地決昭和46年4月30日、判時646号102頁)ことから、同法430条が規定する捜査機関の押収に関する処分に対しても広く解されるとも考えられる。
 しかし、東京地裁は、押収処分の取消しや変更を求める準抗告は「未還付分に限られる」とし(東京地決平成2年4月10日、判タ725号243頁)、また、差押物件の特定が不十分であるとして争われた事件では、差押権限の濫用防止と財産権の防衛が準抗告の趣旨であると判示している(東京地決昭和33年6月12日、第一審刑事裁判例集1巻追録236頁)。
 これらの裁判例に従えば、記録命令付差押えによって差し押えられた記録媒体に記録されたデータ主体が当該記録媒体の保有者等でなければ、財産上の不利益を受けていないと判断され、準抗告の不服がある者にはならないと考えられる。
 もっとも、データ主体もこの処分を受けた者(通信事業者等)を通じて間接的に不服申立てによる保護を受けられる場合がある。この点に関して、いわゆる「ベッコアメ事件」では、通信事業者が利用者のプライバシーを保護すべき義務を負う立場にあることを理由に、差し押えられた顧客データの一部が被疑事実と無関係であり、差押えの必要性が認められないとして、差押処分を取消す決定がされている(東京地決平成10年2月27日、判時1637号152頁)。この決定は、データ主体である第三者のプライバシー保護の観点から、処分を受けた者による準抗告が認められる可能性が示された点で重要である。

(3)電磁的記録提供命令に対する準抗告
 改正法において準抗告の対象となる電磁的記録提供命令は、オンラインによるデータの移転だけではなく記録させる方法による場合も含まれており、前述のとおり、電磁的記録提供命令に関する処分に不服がある者は広く解されることからすれば、データの提供を直接命じられた者だけではなく、当該データ主体も準抗告ができる可能性がある。
 また、改正法429条1項2号の準抗告は、「電磁的記録提供命令に関する裁判」も対象と規定し、令状発付自体を含むと考えられることから、処分を受ける者がデータを提供した後だけでなく、提供する前にも準抗告が認められると考えられる。
 ただし、データの提供前に当該データ主体が準抗告をするには、当該命令を知る機会が必要である。しかし、新設される秘密保持命令が発せられれば、処分を受ける者は罰則付きの秘密保持義務が課せられ、当該データ主体は提供前も提供後も知る機会が与えられないこととなる。そのため、秘密保持義務が課せられた場合には、処分を受ける者が、当該データ主体の権利も考慮して準抗告をすることが期待される。

5 ④データ消去制度の欠如
(1)制度上の問題
 記録命令付差押えによって差し押えられた記録媒体に、被疑事実と無関係な第三者のデータが含まれており、仮に準抗告により当該差押処分が違法であるとして取消された場合、記録媒体の返還は行われるが、既に捜査機関がデータのコピーを取得していれば、捜査機関が保有する無関係な第三者のデータの消去を義務づける規定が存在しない。このような状況においては、準抗告の効果は形式的なものに留まり、違法に収集された第三者のデータに対する実質的な救済にはならないという問題がある。
 これは、電磁的記録提供命令に従い、処分を受ける者がデータを提供した後、準抗告により当該処分が取消された場合も同様に、捜査機関が保有するデータの消去が規定されておらず、実効性に欠ける。
 この点については、通常の有体物として会計帳簿が差し押えられた場合、仮に、当該処分が違法であることから取消され、会計帳簿が返還されたとしても、捜査機関が保管している会計帳簿をコピーしたデータを消去する規定が存在しないことと同様であると考えられる。これは、差押令状の目的物とされていない物件を令状執行に必要な限度を超え、関係人の承諾なしに写真撮影した場合は違法として取消されたとしても、違法な写真撮影による写真ネガフィルムの提出を請求できない(大津地裁決定昭和60年7月3日、刑事裁判月報17巻7・8号721頁)とした裁判例と同様である。
 なお、差押え時の写真撮影によって得られたネガ及び写真の廃棄等を求めた準抗告について、最高裁は準抗告自体を不適法と判断した事案がある(最高裁決定平成2年6月27日、判タ732号196頁)が、これは、当該写真撮影が差押えの許可の範囲に含まれない物を撮影した「違法な検証」としての性質であるところ、検証は押収の処分に含まれないと判断したものと考えられる。そのため、これを超えて写真撮影自体がデータの押収と同一視し得る場合、前記最高裁決定の補足意見では、押収に関する処分として準抗告の対象とし、刑訴法426条2項によるネガ及び写真の廃棄又は引き渡しを命ずることができるとする考え方もあり得ようと述べているが、前掲大津地決の考え方もあり、明確ではない。
 よって、電磁的記録提供命令におけるデータの移転の場合は、元の記録媒体からデータを消去するため、準抗告による取消しによって元の記録媒体に複写するという、処分を受ける者にデータが復活する効果が認められる。他方、データを記録させる処分に対して準抗告による取消しが認められたとしても、捜査機関が保有するデータは消去されないため、取消しは単に違法であると宣言するに留まる効果しかないのではないかと考えられる。

 電磁的記録提供命令によってデータの提供を命じた場合、特に大量の個人情報や通信履歴等の情報を含むデータについては、複製が容易で、かつ、前述の会計帳簿の何千倍、何万倍もの情報を含む場合があり、無関係な第三者のデータが多数含まれている可能性も否定できない。このようなデータの特性に鑑みれば、記録命令付差押え及びこれに代わる電磁的記録提供命令の取消しに対して、不必要に押収又は提供されたデータに対する消去を義務づける規定を設けることは合理的であると考えられる。
 なお、衆議院においては改正法の附則40条として、「電磁的記録提供命令により電磁的記録を提供させ、又は電磁的記録に係る記録媒体を押収するに当たっては、デジタル社会において個人情報の保護がより重要となっていることに鑑み、できる限り被告事件又は被疑事件と関連性を有しない個人情報を取得することとならないよう、特に留意しなければならない。」【注3】との修正がなされている。これは、データ収集時の懸念から修正されたものであるが、収集後に消去を義務づける規定がなければやはり実効性に欠けることは前述のとおりである。

(2)違法収集証拠排除
 現行法の下では、違法に収集されたデータについて、捜査機関にその消去を義務づける規定は存在せず、当該データの取扱いは違法収集証拠排除法則によって除外されるかどうかになる。これは、データの収集手続に令状主義の精神を没却するような重大な違法が認められ、これを証拠として許容することが将来の違法な捜査の抑制の見地から相当でないと認められる場合に、当該データを証拠として採用できないとする原則である。
 しかし、違法収集証拠排除法則は、あくまで当該データを証拠として採用することを制限するものであり、捜査機関が当該データを「保有し続けること」を阻止するものではない。軽微な違法の場合も重大な違法があった場合でも、捜査機関による無関係な第三者に関するデータの恒常的な保有そのものが問題であり、その消去を義務づける実効的な手段が存在しないことは問題であろう。

6 まとめ
 これまで述べたとおり、現行法の記録命令付差押え及びこれに代わって新設される電磁的記録提供命令は、いずれも令状の対象データの特定が不十分になりやすく、広範に収集されたデータは、違法性の程度や準抗告の認否にかかわらず、消去規定が存在しないといった構造的問題を内包している。これらの問題は、適正手続の保障や被疑事実と無関係な第三者のプライバシー権といった基本的な権利を侵害する可能性をはらんでいる。たとえ準抗告によって形式的にデータの提供に関する処分が取消されたとしても、不必要に収集されたデータが捜査機関によって保有され続けることは問題があるといえよう。
 今後導入される電磁的記録提供命令がデジタル化の進展に対応する有効な捜査手段となることは間違いないが、国民のプライバシー権を十分に保護するためには、令状におけるデータ特定の具体化、そして不必要に収集されたデータの消去規定やその監督に関する制度的な整備が将来の刑訴法改正にて充実化することが期待される。

【注1】衆議院「情報通信技術の進展等に対応するための刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/g21709030.htm

【注2】現行の刑訴法99条の2「裁判所は、必要があるときは、記録命令付差押え(電磁的記録を保管する者その他電磁的記録を利用する権限を有する者に命じて必要な電磁的記録を記録媒体に記録させ、又は印刷させた上、当該記録媒体を差し押さえることをいう。以下同じ。)をすることができる。」、218条1項前段「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、記録命令付差押え、捜索又は検証をすることができる。」

【注3】衆議院「情報通信技術の進展等に対応するための刑事訴訟法等の一部を改正する法律案に対する修正案」
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/syuuseian/3_5822.htm

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