コラム第890号:「21世紀を生きる力 システム思考」
第890号コラム:熊平 美香 監事
(一般財団法人クマヒラセキュリティ財団 代表理事)
題:21世紀を生きる力 システム思考
7月に、合同出版より『イラスト版システム思考 子どもの問題解決力が身につく24のワーク』(一般財団法人クマヒラセキュリティ財団著、編著)』を刊行いたしました。今回は、その刊行の背景をお話したいと思います。
システム思考とは、「学習する組織」の5つのディスプリンの一つで、ものごとを一連の要素のつながりとして捉え、そのつながりの質や相互作用に着目するものの見方です。「ひとつの現象を点として捉えるのでなく、全体における構成要素」として捉えます。今日、活用されている代表的な例が環境問題です。未来の地球環境について在りたい姿を描き、その実現のために何に取り組めば良いのかを明らかにすることや、現状の延長線において未来の地球はどのようになっているのかを予測するために、システム思考の考え方が活用されています。
複雑な社会に生きる子どもたちの問題解決力を向上するために、欧米では、システム思考教育が始まっています。 システム思考教育の専門家リンダ・ブース・スィーニー氏は、世界が今求めているのは、21世紀を生きるために必要となる『システム・リテラシー(複雑なシステムを理解する知識・能力)』であると述べています。
●システム思考・システムダイナミックスの会議
2012年7月、米国マサチューセッツ州で開催されたシステム・シンキング・ダイナミック・モデリング・カンファレンス(Systems Thinking and Dynamic Modeling Biennial Conference)に参加しました。この会議は、システムダイナミックスの生みの親であるMITのジェイ・フォレスター教授*1 、「学習する組織論」の第一人者であるピーター・センゲ先生、ウォーターズ財団のウォーターズ氏が中心となって始めた、学校の先生たちのためのシステム思考・システムダイナミックスの勉強会です。1996年夏にスタートし、隔年に開催されています。2012年のカンファレンスでは、システム思考や21世紀の教育が大きな動きとなり、社会全体に広がり始めているという実感を持ちました。
2012年の会議では、教育現場での多くの実践事例が紹介されました。その一つを紹介します。
ワシントン州の理科学習スタンダード
ボーイングや、マイクロソフトの本社のある米国ワシントン州では、自治体、民間企業、非営利団体による教育活動が盛んで、さまざまな新しい取り組みが進められています。2010年に改訂されたワシントン州政府発行の理科学習スタンダードでは、システム思考が、物理学、地理・宇宙科学、生命科学などの学科と並んで理科の必須学習項目として取り入れられ、幼稚園の年長~高校生まで2学年ごとに明確なガイドラインが示されています。例えば、幼稚園の年長では、ものの「部分」と「全体」の関係を理解することから始め、高校生では、高機能なシステムモデルやシステム分析を取扱います。理科の一分野としてシステムについて学ぶことは、分野間の関係を理解したり、科学と技術と社会の間の関係を理解するために役立ちます。また、システム分析能力は科学的探究心と技術デザインの両方にとって欠かすことのできない力の一つです。
この勉強会に参加して以来、日本でもシステム思考を教育現場に届けるために様々な取り組みを行ってきました。2018年には、経済産業省の「未来の教室」実証事業として幼児向けにシステム思考教育の実践にも取り組みました。
●システム思考の活用事例
システム思考を学ぶメリットは、たくさんありますが、ここでは、代表的なシステム思考の活用例を2つご紹介します。
ソーシャルチェンジやイノベーションを起こす力
社会起業家の父と言われるアショカ財団の創立者であるビル・ドレイトン氏は、チェンジメーカーを育てることを使命とし、活動をしています。彼は、社会システムを変えることを提唱しています。「魚を与えるのではなく、魚釣りを教えよ」という諺は、誰もが知っていますが、ビル・ドレイトン氏が提唱するチェンジメーカーとは、釣りを教える人ではなく、漁業システムを変える人を指します。
金融システムを変えたムハマド・ユヌス氏の事例をご紹介しましょう。バングラディッシュでマイクロクレジットと呼ばれる少額のお金を貸すグラミン銀行を始めたユヌス氏は、経済学者として貧困問題を解決したいと考えていました。調査の結果、明らかになったのは、貧困から抜け出せない人々の実態です。7ドルのお金がないために、竹細工を創る材料を買うことができず、貧困から抜け出せない多くの人々がいました。彼は銀行にお金を貸すように依頼しますが、銀行は契約書も読めない人々に、たった7ドルを貸し付けてもビジネスにならないと言い、ユヌスさんの要求を断ります。そこで、ユヌス氏は、システムを変えることを決意します。お金を貸し付ける目的は、自立の実現です。貸し付ける相手は、働く意欲のある女性たちです。貸付の際に契約書を交わさない代わりに女性たちに仲間を作って相互支援を行うことを約束させ、銀行も彼女たちのビジネスを支援するために指導に入ります。ユヌス氏が作った新たな金融システムは、現在、世界中の貧困問題の解決に生かされています。契約書もないのに、返済率が97.8%という事実を、従来の銀行システムに身を置く人たちには信じられないかもしれません。このようなシステムチェンジを起こす人々が、今、世界中に増えています。これまでの延長線では解決できない問題を解決するためにシステム思考は必須です。
リフレクション力
アリゾナ州、ツーソンの小学校1年生3人は、「僕たちはなぜケンカをするのか」というテーマでシステム思考を活用したリフレクションを行いました。この様子が収められた映像が大きな話題となりました。彼らは、時系列で何が起きたのかを振り返り、そこにはどのような要素があるのかを考え、その結果、一つの 悪循環のループを発見しています。そして、どこに介入すれば、このループを断ち切ることができるのかを考え、好循環のループ(相手にいい言葉を伝えると相手は気持ちが良くなり、気持ちが良くなると相手もまた良い言葉を返してくるというシステム)を発見します。システム思考を活用したリフレクションを行うことで、自己の言動をメタ認知する習慣を身に付けることができます。
System Thinking in School 小学校1年生による問題解決
https://www.youtube.com/watch?v=AGB3Nikk27k でご覧戴けます。
*1 ジェイ・フォレスター教授 1956年にスローン大学院でシステムダイナミックスの研究を始め、子どものK-12 Education(初等・中等教育)にシステムダイナミックスとコンピューターモデリングを導入する方法を開発。幼少期からシステムダイナミックスに触れてこそ、子どもたちは、システムダイナミックスの本当のパワーを活用できると主張。
【著作権は、熊平氏に属します】