コラム第892号:「外科医からみた医療機器開発とデータ真正性保持のフォレンジック技術」

第892号コラム:和田 則仁 理事(神戸大学大学院医学研究科医療創成工学専攻 特命准教授)
題:外科医からみた医療機器開発とデータ真正性保持のフォレンジック技術

現代医療は、診断から治療に至るまで目覚ましい進歩を遂げている。とりわけ、手術支援ロボットや画像診断装置といった先進的な医療機器は、外科医の手技を拡張し、患者の予後を向上させてきた。しかし、その革新は同時に新たな法的・倫理的・技術的課題を突き付けている。医療機器が生み出すデータは、単なる記録ではなく、患者の生命を左右する重要な情報資産である。こうした背景を踏まえ、外科医の立場から、医療機器開発の現状と課題、データ真正性確保の重要性、さらにフォレンジック技術の役割について考えてみたい。

外科医の日常診療で直面する困難は、そのまま新しい医療機器のニーズへとつながる。手術支援ロボットにおける触覚の欠如やアーム干渉といった課題は、まさに「こういう機器があればもっと良い医療ができるのに」という現場の声の具体化である。したがって、医療機器開発の第一歩は、こうした声を正確に捉え、技術的課題として言語化することから始まる。

ロボット手術は、外科医不足や地域医療格差といった社会課題に対する有効な解決策として期待されている。遠隔手術により地方の医療を支えられるだけでなく、若手外科医が遠隔から熟練医師の指導を受けられる教育的効果も大きい。患者にとっても、大都市に行かずに高難度手術を受けられるという大きなメリットがある。一方で、触覚の欠如など人間工学的な課題が残されている。国産ロボット「Saroa」には、把持力を推定しコントローラーにフィードバックする技術が搭載され、こうした課題解決に挑んでいる。

さらに近年のAI技術の進展により、一部の手技を自律的に遂行するロボットも現実化しつつある。これにより、熟練技術の普及や地域格差の是正が期待される一方、事故時の法的責任の所在や外科医の役割変化といった新たな課題も浮上する。自律手術が実現すれば、外科医は「操作者」から「管理者・監督者」へと役割を移し、教育・訓練や資格制度にも大きな影響を及ぼすだろう。

医療機器が実際に患者に用いられるためには薬事承認が不可欠であり、ここでは有効性・安全性・品質が厳格に審査される。PMDAはGLP、GCP、GPSPといった基準への適合を調査し、データが「正確性」「完全性」「保存性」を満たしていることを確認する。すなわち、データ真正性は開発から承認に至るまで一貫して求められる要件である。

このようにデータの信頼性が重視される一方で、サイバー攻撃が医療機器や病院に深刻な影響を及ぼすようになっている。米国FDAやIMDRFのガイダンスを基盤に、日本でも薬機法にサイバーセキュリティ対応が取り込まれつつあり、従来の監査証跡だけでなく侵入テストやパッチ管理まで求められるようになった。これは規制当局が開発の上流から関与する「事前設計」モデルへの移行を意味し、メーカーにはセキュリティ・バイ・デザインを前提とした開発が強く求められている。

手術記録も大きく変化している。従来は術者の主観的な記録に依存していたが、現在では手術映像が容易に取得・保存でき、医療事故訴訟における客観的証拠として重要視されている。フォレンジック対応の映像記録システムは、映像と患者情報を同期して暗号化・保存し、適切な医療行為を証明する予防的なツールとして機能している。これは従来の「犯罪捜査」のための技術から、医療の「信頼性証明」へと役割が広がったことを示している。

過去には降圧剤ディオバンを巡る臨床研究データ改ざん事件が社会に大きな衝撃を与えた。改正薬機法による課徴金制度導入は、その反省を踏まえたものである。また、近年のランサムウェア攻撃は、データ真正性が単なる研究上の問題ではなく、日常診療や患者安全を直接脅かすものであることを浮き彫りにした。電子カルテの暗号化により診療や手術が停止する事態も報告され、バックアップや復旧体制を含めたBCPの重要性が再認識されている。

このように、医療機器開発とデータ真正性確保は切り離せない関係にある。外科医は課題提示者にとどまらず、開発全フェーズに関わるべきであり、その仕組みを制度的に整える必要がある。メーカーはセキュリティ・バイ・デザインを徹底し、医療機関との役割分担を明確にしなければならない。また、手術映像の法的地位確立や保存ガイドラインの策定は、患者・医師・病院すべてに利益をもたらすだろう。

技術の進歩は医療の質と安全性を高める一方で、新たな課題も生む。だからこそ、外科医・開発者・規制当局が一体となって取り組み、信頼性と安全性を担保することが不可欠である。これらの努力を通じて、次世代医療は真の革新を遂げ、社会の信頼を確固たるものにできるだろう。

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