コラム第893号:「通信の秘密侵害罪の場所的適用範囲について」

第893号コラム:石井 徹哉 理事(明治大学法学部 専任教授)
題:通信の秘密侵害罪の場所的適用範囲について

 電気通信事業法は、「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。」(4条1項)とし、電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密を侵した者について罰則を科しています(179条)。一般の人だけでなく、捜査機関であっても、法令による正当化(刑法25条)が規定されていない限り、通信の秘密を侵害した場合、同罪が成立知ることになります。
 「電気通信事業者の取扱中に係る通信」は、日本国内の通信網を流れる通信についてのものとなります。このことから、日本国内のサーバや端末を利用して通信の解析をおこなうことについては、慎重にならざるをえません。例えば、国内にあるC&Cサーバを取得して、サイバー攻撃を観測することも、C&Cサーバが電気通信事業者の通信網に接続されている限り、問題ある通信の内容やログを取得するにとどまらず、その内容を他者に知らせたり、攻撃可能性を標的となりうるサーバ管理者に伝えることは、通信の窃用として通信の秘密を侵害することになりえます。
 留意すべきことは、この犯罪の客体が「電気通信事業者の取扱中に係る通信」であることと、国外犯が処罰されず、属地主義(刑法1条)の原則によるものとなることです。また、電気通信事業法における「電気通信事業」及び「電気通信事業者」の定義(2条)からみても、国内の電気通信事業者に接続していないサーバ等については、電気通信事業法の対象とはなりません。国外のC&Cサーバを取得、管理して、その通信を解析することでサイバー攻撃の動向を探り、必要に応じて解析結果等を利用したとしても、電気通信事業法の通信の秘密侵害罪が適用されることはありません。同様にネット空間を利用して犯罪を遂行する(または遂行しようとする)者を国外に設置した自己のサーバへと誘導し、そのログ等から対象者のIPアドレスその他追求のために必要な情報を取得し、これを利用して対象者を突き止めようとする行為についても、電気通信事業法の通信の秘密侵害罪を適用できないでしょう。
 上記以外でも、電気通信事業者が関係しない通信を国外において取得し、これを利用する行為について、電気通信事業法を適用することはできないでしょう。そうすると、国外所在のサーバ等を積極的に活用して、サイバー攻撃の情報を取得し、攻撃を予知したりして、攻撃に備えることも可能になってきます。また、外国の法執行機関と連携し、活動する範囲もより拡大することも可能ではないかとも思われます。
 なお、わが国の捜査機関がこうした国外での活動において取得した情報を証拠としてわが国の刑事手続で利用できるかどうかは、難しい問題です。ただ、外国の法執行機関では国内において可能であるのに、わが国の法執行機関では、なおこのような制約があるとすれば、この制約の是非を改めて検討することが必要ではないかという気もします。

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