コラム第898号:「銃声検知システムShotSpotterと刑事手続における技術的中立性」

第898号コラム:尾崎 愛美 理事 (筑波大学ビジネスサイエンス系准教授)
題:銃声検知システムShotSpotterと刑事手続における技術的中立性

銃声検知システム「ShotSpotter」は、米国カリフォルニア州に拠点を置くSoundThinking社(旧ShotSpotter社)が提供する銃声検出システムであり、公共施設、街灯、商業ビル、ショッピングモール、アパートメント、携帯電話基地局等にセンサーを配備(1マイル四方の範囲に20~25個程度)することにより、銃撃が起こった場所を60秒以内に特定するものである。センサーにはマイク、GPS、メモリ、処理装置、データ送信用のセル通信機能が内蔵され、トリガー音の1秒前から録音を開始し1秒後に停止する仕組みとなっており、センサーが反応すると訓練を受けた専門家が音声の発生源と発砲音の有無を判定する。警察はスマートフォンまたは指令室経由でアラートを受信し、30~45秒以内に現場に到着するようになっている。ShotSpotterは、全米90を超える都市で導入され、報道によれば、ShotSpotterを導入したオークランド市では銃撃事件の件数が急減したという。

しかしながら、ShotSpotterの精度とその技術的中立性には深刻な疑義が呈されている。以下では、具体的な事例を紹介することとしたい。

① United States v. Rickmon, 952 F.3d 876 (7th Cir. 2020)
本件は、ShotSpotterのアラートに応じて現場に出動した警察官が対向車線から接近する車両を停止させ、運転手の同意を得て車両を捜索したところ、被告人が座っていた助手席の下から拳銃が発見され、18 U.S.C. § 922(g)(1)違反(重罪前科者による銃器所持)で起訴されたという事案である。被告人は、警察署にはShotSpotterの「誤検知」件数を示す記録がなく、また全米の都市で運用されている他のシステムも不正確で信頼性に欠けると主張した。さらに、警察官が、ShotSpotterのアラートのみを理由として、車両に対する個別的な疑いなしに車両を停止させることを認めるべきではないと主張した。多数意見は、将来的に、単一のアラートが全体の状況において唯一の決め手となるような場合にはShotSpotterの信頼性を判断する必要が生じる可能性があるが、本件では、アラート以外にも「現場から車両が逃走した」との無線が入っており、状況の全体像から鑑みて、現場に駆けつけた警察官に車両の停止を正当化するに足るだけの「合理的な嫌疑」があったといえるとした。本事例においては、ShotSpotterの技術的正当性については判断されていないが、次に紹介するUnited States v. Curry判決においては、ShotSpotterをはじめとする予測型警察活動の適法性について以下のような議論が交わされている。

② United States v. Curry, 965 F.3d 313, 315 (4th Cir. 2020)
本件は、リッチモンド警察署の警察官らが、公営住宅団地内またはその付近で発生した複数の銃声のアラートを受けて1分後に現場に到着し(同地区では過去3ヶ月間に6件の銃撃事件と2件の殺人事件が発生しており、直近では本件のわずか11日前に殺人事件が発生していたところ、警察官らは同地区のパトロールを命じられていた)、発砲地点と推測される地点から離れる方向に向かって歩いている被告人を停止させて身体検査を行い、もみ合いとなったところで銃器を発見したという事案である。多数意見は、本件は複数の逃走経路が存在する可能性のある開けた場所で発生したものであり、警察官らは被疑者の容貌に関する情報、さらには被疑者が付近に潜伏しているかどうかという情報すら提供されておらず、本件警察官らには現場付近を歩いていた被告人が発砲と何らかの関係があると信じる理由を欠いていたとして、本件では被告人の停止および身体検査を実施するに足る「合理的な疑い」が欠けていたと判示した。しかし、反対意見(ウィルキンソン裁判官執筆)は、本件における警察の迅速な対応は、リッチモンドが全国の自治体と同様に、街の安全強化のため「予測型警察活動」戦略を採用していたためであるとした上で、多数意見は予測的警察活動に致命的な打撃を与えたと指摘する。他方、補足意見(サッカー裁判官執筆)は、予測型警察活動は、ウィルキンソン裁判官が主張するような万能薬ではなく、予測型警察活動は、よく言っても効果に疑問があり、悪く言えば人種的偏見に満ちた深い欠陥があることが明らかになっており、個人の憲法上の権利を損なう恐れがあると指摘する。さらに、サッカー裁判官は、合衆国憲法第4修正は、警察が「合理的な疑い」なしに対象者を停止させることを禁じており、コンピューターによる直感もまたこのルールの例外ではなく、コンピューターの判断は、対象者を停止させる理由には決してならないと批判する。本件においては、ウィルキンソン裁判官とサッカー裁判官との間で交わされた議論において、予測型警察活動のプラスの側面とマイナスの側面に焦点が当てられている。

③ Williams v. City of Chicago
本件は、マッカーサー・ジャスティス・センターによるシカゴ市に対する集団訴訟である。マッカーサー・ジャスティス・センターによれば、①シカゴ市は、ShotSpotter社に年間約900万ドルのシステム利用料を支払っており、市民の関心の高まりにもかかわらず、市民に意見聴取の機会を設けていない、②Shotspotterは精度97%という謳い文句にもかかわらず、マッカーサー・ジャスティス・センターがイリノイ州情報公開法に基づきシカゴ市警察のデータを用いて調査を行ったところ、21ヶ月の間にShotSpotterを配備した89%の地域では銃に関連した犯罪が発見されず、86%の地域では犯罪の報告がなされていなかったことが判明した、③ShotSpotterは、銃声と、爆竹・車のバックファイア・工事の騒音・ヘリコプターなどその他の大きな音とを確実に見分けることができるかどうかテストされたことがない、④ShotSpotterは、騒音の発生源を遠くまで正確に特定できず、警察を間違った場所に向かわせることもある、として、ShotSpotterの不透明性・不正確性・誤用・財政的コストについて批判した。また、シカゴ市は、ShotSpotterをシカゴのサウスサイドとウエストサイドにのみ配備し、黒人とラテン系住民の割合が最も高く、白人住民の割合が最も低い12の警察管区にShotSpotterのセンサーを配備し、シカゴ市警察は、6カ月間に少なくとも82人のシカゴ市民(ほぼ全員が非武装の黒人またはヒスパニック系男性)に対し、ShotSpotterの要請による出動中に有形力を行使し、原告の一人であるマイケル・ウィリアムズは、ShotSpotterの警告に基づいて殺人容疑で誤認逮捕され、1年近く拘置所に収容されたという。本件は、2025年8月に和解が成立し、シカゴ市はShotSpotterとの契約を解除し、2024年9月にシステムの使用を停止している。

本論で紹介した事例は、ShotSpotterの技術的欠陥という問題にとどまらず、予測型警察活動の在り方そのものを問い直すものである。中立性を目指して導入されたAIシステムが、社会構造の偏りを反映するのみならず、むしろ強化してしまう―これはAIに内在する最も深刻な課題であるが、技術的中立性は、機械学習の精度向上だけでなく、システムを統制しうる制度の構築によって担保されるものと考える。

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