コラム第899号:「SNSは子どもにとって危険なのか」
第899号コラム:小向 太郎 理事(中央大学 国際情報学部 教授)
題:SNSは子どもにとって危険なのか
子どものSNS利用を制限しようという動きが、広まっています。
オーストラリアでは、2024年成立した Online Safety Amendment (Social Media Minimum Age) Act 2024 により、SNS事業者に対して16歳未満がアカウントをもたないよう合理的措置を講じる義務が課されることになりました。2025年12月10日に施行される予定です。以前から、子どもにサービスを提供したり、子どもの個人情報を収集したりする際に、保護者の同意を義務付けている国や地域はありました。しかし、SNSの子どもへの提供を一律に制限する法律はめずらしく、とても注目されています。EUでも、2025年10月には欧州議会がデジタル最低年齢を16歳とする提案をしています。日本でも、愛知県豊明市が、子どもに限らずスマホ利用について1日2時間を目安とする努力義務を定めた条例で話題になりました。
実は、「インターネット上で子どもが危ない」という議論は、この30年くらい繰り返し行われています。ただし、問題とされる危険は、時代によって若干変化しています。インターネット上での子どものリスクには、主として次のようなものがあります。
・コンテンツ・リスク:ポルノや暴力的描写などのいわゆる有害情報から悪影響を受けるリスク
・コンタクト・リスク:ネット上で接触する犯罪者などからターゲットにされるリスク
・プライバシー・リスク:個人情報を不用意に収集されてしまい将来にわたって利用されるリスク
・コンダクト・リスク:いじめ・ヘイト行動・自傷・極端なダイエットなどの行動を起こすリスク
・マニピュレーション・リスク:ネット依存に陥ったり特定の嗜好や思想に誘導されたりするリスク
・コンシューマー・リスク:ダークパターンのような欺瞞的な商品表示などを信じてしまうリスク
なお、上記のリスク分類は、OECDが2021年に公表した「Children in the Digital Environment: Revised Typology of Risks」の分類(Content/Contact/Conduct/Consumer)を参考に、そこで横断的リスクとされている「プライバシー・リスク」や「マニュピレーション・リスク」を別だてにして、私なりに整理し直したものです。
このなかで、インターネットの黎明期に最初に問題とされたのは、「コンテンツ・リスク」です。ポルノなどのいわゆる青少年有害情報が、まず問題になりました。こうした規制を導入しようとする背景には、子どもは十分な判断力がなく悪い情報の影響を受けやすいため、大人なら接して良い情報からも一定の隔離をすべきだという考え方があります。ポルノ映画に年齢制限を設けて子どもが見られないようにしたり、青少年有害図書を子どもに売らないようにしたりという取組は、多くの国で行われています。
ただし、子どもが過激なポルノを見ると性犯罪者になりやすくなるといった傾向は、科学的な研究では必ずしも実証されていません。性的な関心が高まって性交渉時期が早まるとか、性に関するタブー意識が薄れるといったことを示す研究はありますが、むしろ、きちんとした知識を得させることが重要だと結論づけているものがほとんどです。ポルノに限らず、残虐な描写や犯罪に関する情報などについても、これで子どもが悪くなるということを実証するのは困難です。つまり、こうした規制を導入するかどうかは、その国で多くの人がそういった規制を望んでいるかどうかによって判断し、過剰な抑制にならない範囲で検討すべきものだといえます。
1996年に成立したアメリカの通信品位法も、もともとは子どもに性的な画像などを見せないようにするための法律でした。わいせつ物にならない、ややソフトなポルノ(品位に欠けるもの)を子どもに送信することを禁止していたため、通信品位法と呼ばれるようになりました。この規定は、成人に対する送信も制限されることなどから、憲法が保障する表現の自由を侵害する過度な規制であるとして、1997年に連邦最高裁によって違憲無効とされています。
次に、出てきたのが「コンタクト・リスク」です。2000年代にはいると、インターネットで子どもが性的なターゲットになるということが問題としてクローズアップされるようになってきます。特に性犯罪者から子どもを守ることは、必要性が高い課題だと言えます。ただ、こういった問題について欧米諸国では、むしろ、保護者に子どものリテラシーを確保することを求める意見が強かったように思います。また、子どもを狙う犯罪者への対応を犯罪対策として位置づけて、悪質な犯罪者の取締に重点をおくことが多く、当時は事業者に「コンタクト・リスク」についての対応を促すような制度を求める議論は、あまり主流ではありませんでした。
日本では、サイトを運営する事業者に対して、取り組みを求める規制が導入されています。2003年6月に、出会い系サイト規制法(インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律)が成立しています。この法律では、事業者に届け出を義務付け、利用者が児童(18歳未満)でないことの確認や、児童を誘引する書き込みの削除などを義務付けています。
2000年代半ばにモバイル・インターネットの最先進国だった日本では、当時人気があったソーシャルゲームなどを介して子どもが被害にあうことも問題になりました。そこで、運営事業者がこうした行為を抑制するような取組をすることを促し、適正な運営をしていない事業者をフィルタリングで除外することで子どもを守ろうとしました。2008年6月11日に成立した青少年インターネット環境整備法(青少年が安全に安心してインターネットを利用できるようにする環境の整備等に関する法律)では、携帯電話事業者に対して子どもの携帯を契約する際にフィルタリングを提供することを義務付けています。
欧米ではむしろ、子どもからの個人情報の収集されることによる「プライバシー・リスク」が、問題視されました。確かに、十分な判断力を身に着けていない子どもが、不用意にSNSなどに自分の情報を提供してしまうことは、将来的なリスクも含めて懸念が大きいと言えます。
アメリカでは1998年に子どもオンラインプライバシー保護法(COPPA)が制定され、子ども(13歳未満)向けのサービスを提供しているインターネット事業者が、児童の個人情報を収集する際に保護者の同意を取ることなどを義務付けています。EUのGDPRでは、SNSなどのサービスを、子ども(原則として16歳未満)に同意に基づいて提供する場合には、保護者の同意が必要になります。日本の個人情報保護法には、子どもの個人情報を特に保護する規定がありませんが、改正に向けた検討項目の一つになっています。
最近の子どものSNS利用に対する規制強化では、従来の「コンテンツ・リスク」「コンタクト・リスク」「プライバシー・リスク」に加えて、「コンダクト・リスク」「マニピュレーション・リスク」「コンシューマー・リスク」が強く意識されるようになっています。子どもの深刻ないじめがなくならないこと、SNSの中には強い依存性があるものが存在すること、ネットの情報をもとに自傷や極端なダイエットが行われていることなどが、背景にあると考えられます。こうしたリスクは、情報と悪い結果の関係が比較的直接的なので、もし影響が深刻ならばSNSの利用を抑制する必要性が高いでしょう。
自己責任の考え方が強い欧米諸国でも、家庭での教育では解決できないと認識されているようです。オーストラリアやEUで提案されている規制は、子どもにSNSを使えないようにするという、やや極端な方向に舵を切りつつあるようにも見えます。
このように、子どもがインターネットやSNSを使うことによって生じる危険には、さまざまなものが含まれています。現在のところ、日本の青少年インターネット環境整備法は、「コンテンツ・リスク」と「コンタクト・リスク」を主な対象として、関連事業者の自主的な取組を促す制度になっています。また、子どもの個人情報保護については検討が進められています。その他のリスクへの対応については、あまり具体的な検討がされていないのが現状でしょう。特に、インターネット上の「コンシューマー・リスク」については、日本でも特商法改正(2022)や消費者庁の実態調査(2025)などが行われていますが、リスク全体をカバーしたルールの整備はこれからといえるでしょう。
ただし、どのような懸念がどのくらい深刻なのかは、国によってかなり異なります。こうした規制は、表現の自由を制約するものになりがちなので、弊害の有無についても、検証が必要です。日本では、どのリスクが深刻になっていて、どのような制度が望まれるのかを、冷静に検討していくべきでしょう。
【著作権は、小向氏に属します】

