コラム第902号:「フランス破毀院のAI戦略」
第902号コラム:町村 泰貴 理事(成城大学 法学部 教授)
題:フランス破毀院のAI戦略
フランスを初めとするヨーロッパでは、AIについてやや後ろ向きというか、アメリカに比べると出遅れていて、むしろ規制する方向に力を入れているという印象もあるかもしれない。
しかしヨーロッパと一括りにするのは解像度が低すぎる。ここで取り上げるフランスは、情報通信技術を取り入れることに極めて好意的であり、私が専門とする司法の分野でもIT利用に前のめりであった。オンライン申立ては既に10年以上前から実装化され、AIと司法に関する議論もJustice prédictiveという名称の下で盛んに行われている。そして裁判所の判決のオープンデータ化については、日本の立法に数年先立って法制化され、現在では民事刑事の最高裁判所である破毀院と行政の最高裁判所であるコンセイユ・デタ(国務院とか国家評議会と訳されることもある)とがそれぞれ過去分も含めた全判決のオープンデータ化を進めて公開している。
そんな中で、2025年には、破毀院が「明日の破毀院を準備する〜破毀院とAI」と題する報告書を公表した。なお、フランス語では名詞と形容詞の語順が英語と逆になるので、ArtificIAl IntelligenceはそのままIntellefence Artificielleとなり、AIはIA(イーアー、冠詞をつけるとリーア―と発音される)となるのだが、ここではもちろんAIと表記する。
この報告書では、司法の現場でのAIのユースケースを列挙し、その有用性や実用化可能性、そしてリスク評価などを行っている。それによれば、既に破毀院と傘下の司法系列の裁判所では、破毀院内部で技術者が構築するAI利用システムにより、以下のような実験的利用が行われている。
1. 当事者の提出する文書の分析
例えば、破毀院に提出される上告状・上告理由書をAIの分析により、適切な担当部局に振り分けるシステムが構築され、約200種類のコーディングを行う。またその過程で、上告事件に関する資料検索、上告事件の間での関連性検出、当事者および法的判断内容についての過去データとの一致検索、事件自体の論点や主要争点の特定、新しい法的問題やEU法・国内法など多様な法源との関連性検出、基本権(基本的人権)その他の過去判例との関連性などを分析報告し、処理時間の測定も行うという。
これらを一見すると、日本の最高裁が調査官によって行っている準備的調査の一部をAIが代替しようとしているようにも思われてくる。もっとも、実験によって出されている評価は、すべてが芳しいものではなく、最初のコーディングについては実用性が高いと評価されているものの、資料や先例との関連性分析は必ずしも高い評価とはならず、形式的な関連性の検出は短期的に高い成果を得られそうなユースケースといえるが法的判断との実質的な関連性を検出することは重要であっても実現困難で高コストであるとされている。また、処理時間の推定は、実験してみたものの、付加価値が高いとはいえないとされている。
2. 文書データベースの検索と活用支援
これは検索エンジンの高度化とテキスト生成とを組み合わせ、さらにChatGPTのような自然言語対話ツールを構築するというもので、議会資料の活用という点では高い効果が実現できそうだとされるが、欧州人権裁判所や欧州司法裁判所の判例の自動フォローや文献および判例の要約と調査、さらにメディアの議論のフォローなど、試みとしては広がりを持つもののコスト的にも技術的にも、さらには著作権やアクセス権の問題など法的にも、課題を抱えている。上記の1と重なるが、破毀院判例の類似性や相違性の特定についても、あるいは下級審裁判例の類似性・相違性の特定についても検索高度化の中で試みられ、これは高い効果が期待されている。ただし、下級審裁判例はその書式の不統一がネックとなっているようである。定量的な判断データ、例えば損害賠償額などの分析は容易にできるとしても、これは逆に裁判官の判断に影響を与える可能性が高いという点で、法倫理的な問題を抱えている。
3. 文書作成支援
判決テンプレートの作成、起案フォームとガイドを内部起案規則に基づいて構築すること、起案の標準化、判断漏れのチェック、要約の自動作成、判決の広報用資料作成、表題付けの改善、文書の中の法令、判例、学説への参照箇所を検出してハイパーリンクを設定したり情報源のコンテンツとの統合を行ったりすること、特に書記官の裁判原案作成や確定証明書作成などの起案支援など、様々なユースケースが紹介されている。
以上のように1,2,3,に分けて列挙された利用に関しては、もちろんEUのAI法の下で高リスクAIシステムに分類される司法の利用であり、特に裁判官の決定権をいささかでも侵害することがないように注意され、利用に際しても裁判官の監視下で行われることが重視されている。
フランス破毀院のこうした動向は、特に裁判所内部に専門部署を設け、そこでIT・AIの専門技術者を雇用して実施されたシステム構築により、要するに内製化して行われてきたことが重要である。これにはもちろん多額の予算が必要であったが、外注に伴うリスクや限界を考えると、その価値はあったとされている。むしろ作成したシステムを実用に供するには、内製化が不可欠だったとも思える。
日本の最高裁は、AI以前に民事裁判システムのIT化のために必要なシステム作りでも行き詰まり、暫定的プロトタイプだったはずのmintsなどを全面的IT化のツールとしても使う事になったようだが、いつまでもそれで足りると考えているわけではあるまい。そしてAIの利活用は、弁護士などにとってのリーガルテックのみならず裁判所にとっての負担軽減や効率化をもたらすツールとして、極めて有望である。フランスの経験に学んで、ぜひ日本でもその活用の方向に予算と労力を注ぎ込んでほしいものである。
【著作権は、町村氏に属します】

