コラム第906号:「新年のご挨拶:熊とAIとフォレンジック」

第906号コラム:上原 哲太郎 理事(IDF会長、立命館大学 情報理工学部 教授)
題:新年のご挨拶:熊とAIとフォレンジック

 毎年年末に発表される「今年の漢字」ですが、昨年は「熊」が選ばれました。熊による獣害は記録が残る中で最多となり、暖冬の影響もあって年末まで多数の目撃情報や人的被害が報告され、いまだ収束の兆しが見えません。私の住む京都でも、クリスマスに市内で熊が目撃されるなど、冬眠に入らず警戒が必要な状況が続いています。熊の被害には地域差があるものの、目撃情報が絶えない地域にお住まいの皆様は、くれぐれもご注意ください。

 このように現実世界では熊の被害に直面していますが、サイバー空間でも「熊」に例えられる海外勢力によるランサム攻撃が相次ぎ、我が国は被害に悩まされています。アサヒGHDやアスクルを標的としたランサム攻撃は、製造業や流通業においてもサイバー被害が事業に大きな影響を及ぼしうることを世間に示しました。また、個人を狙った攻撃では大「熊」猫=パンダに例えられる勢力による経済被害も続発しています。昨年はネット証券の口座乗っ取りによる株価操作、いわゆるhack, pump and dump攻撃が大きな問題となりました。現実では日本からパンダがいなくなりそうな一方で、サイバー空間ではパンダがさまざまな手法で個人の資産を狙い続けており、今後もWebサービスにおける認証強化などの対策が求められるでしょう。

 こうした国外からの深刻なサイバー脅威への防御・抑止策として、昨年は能動的サイバー防御(ACD)関連法が成立し、本年はACDの制度的実装が進む見込みです。昨年末に政府が発表したサイバーセキュリティ戦略でも、サイバーセキュリティは国家安全保障上の重要課題として位置付けられています。ただし、官民連携による国全体のサイバー耐性向上には依然として多くの課題があり、今後も議論の動向を注視する必要があるでしょう。加えて、昨秋以降急速に悪化した周辺国との関係がサイバー情勢にどのような影響を及ぼすかも懸念されます。

 さらに昨年から、生成AIが実用化・普及の段階に入り、フェイク情報の問題が顕在化してきました。昨年12月に開催された第22回デジタル・フォレンジック・コミュニティでも、フェイクをテーマとした多くの議論が交わされました。生成AIの発展により、SNS等でのフェイク情報を用いた認知戦の脅威が高まっているとの指摘はここ数年続いており、今年もし解散総選挙があれば、その影響への警戒が一層必要になるでしょう。また、悪意によるものだけでなく、話題性を狙った生成AIによる無意味なネタコンテンツ、いわゆるAI SlopがSNSを埋め尽くし始めています。AI Slopの拡大でデジタル情報全般の信頼性が揺らぐ中、偽造画像・動画・音声の判定といったメディアフォレンジック技術や、昨年のIDFコミュニティでも話題となったオリジネータ・プロファイルやC2PAなど、情報発信者を明示する技術の開発と普及にも期待が高まります。今年は、それら技術の進展にも注目したいところです。

 昨年は生成AIの普及を強く感じる一年でしたが、本年はその功罪がより明確に現れる年になるのではないかと感じています。社会がAIへの依存を深める中で、情報の信頼性や責任の所在を判断することが今後ますます難しくなるのは間違いありません。そのような中で、デジタルデータの真正性を担保し、分析を通じて法的問題の解決につなげるデジタル・フォレンジックに求められる役割は広がってゆくでしょう。IDF会員の皆様とともに、これからの課題について考え続けていきたいと思います。

 2026年が皆様にとって素晴らしい一年となりますよう心よりお祈り申し上げ、新年のご挨拶とさせていただきます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

以上

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