第345号コラム:須川 賢洋 理事(新潟大学大学院 現代社会文化研究科・法学部 助教)
題:「著作権法の改正と電子出版の今後の展望」
皆さんは、今年の1月から著作権法が一部変わったことはご存じだろうか。今回は比較的小規模な改正で、また海賊版ダウンロード刑罰化の時のようにエンドユーザの日常に直接影響があるものではないので、メディア等ではほとんど紹介されていない。今回はこの、著作権法の平成26年改正について取り上げたいと思う(注:改正法が成立したのがH26年の通常国会で、施行されたのがH27年1月から)。
まず以下に、その中心となる条文を示す。
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(出版権の設定)
【改正前】
第七十九条 第二十一条に規定する権利を有する者(以下この章において「複製権者」という。)は、その著作物を文書又は図画として出版することを引き受ける者に対し、出版権を設定することができる。
【改正後】
第七十九条 第二十一条又は第二十三条第一項に規定する権利を有する者(以下この章において「複製権等保有者」という。)は、その著作物について、文書若しくは図画として出版すること(電子計算機を用いてその映像面に文書又は図画として表示されるようにする方式により記録媒体に記録し、当該記録媒体に記録された当該著作物の複製物により頒布することを含む。次条第二項及び第八十一条第一号において「出版行為」という。)又は当該方式により記録媒体に記録された当該著作物の複製物を用いて公衆送信(放送又は有線放送を除き、自動公衆送信の場合にあつては送信可能化を含む。以下この章において同じ。)を行うこと(次条第二項及び第八十一条第二号において「公衆送信行為」という。)を引き受ける者に対し、出版権を設定することができる。
一気に文章が長くなって、また括弧書きの但書が多くなり、非常に読みづらく感じることだろうと思う。だがそれを我慢して読んでいくと、どことなく我々が日々仕事で使っているような言葉が多く使われていることに気づくことだろう。そう、今回行われたのは「出版権の中に電子出版も含まれるようにする」という改正である。電子書籍が日常的になったことを考えればいささか遅すぎた改正とも言える。なぜ遅くなったかは後述することとしよう。
まず、出版権とは何かということを簡単に説明しておこう。出版権は正確には、著作物の複製権を有する複製権者が一種の用益権としてその著作物の出版に関する排他的独占権を出版者に設定することができる権利のことを指す。出版権を得た者は原稿の提供を受けた日から6ヶ月以内に出版を行う義務が生じ、出版権の存続期間は通常は出版から3年間である。しかしこの説明では専門的すぎて分かりづらいと思われる。そこでここでは、(厳密に言えば法の意味合いと異なるのであるが)一般社会で実務的に使われている概念である、作家が記した著書に対してその本を出版することができる権利をどこかの出版社に与えること、と考えてもらって話を進めていくことにしよう。
ここでは、作者と共に出版社も法的な権利を持つことにこそ意味がある。仮に、ある作家の小説が契約した出版社以外から勝手に出版された場合には、もちろんその作家は著作権(複製権)侵害に基づき法的措置を取ることがきる。この場合の法的措置とは、通常は出版の差し止めや損害賠償となる。それと同時に、出版社も出版権に基づいて同様の措置を取ることができる。しかし実際には、作家は個人として仕事をしている場合がほとんどであり、本来の仕事の合間に執筆をしているような人も多くいる。このような個人が独りで裁判を起こすことは非常に困難であり、そこで通常は組織力がある出版社が自らの持つ出版権を有効に使って訴訟を起こしたり作家を支援したりする形がとられる。
従来はこの出版権の範囲が紙の印刷物に限られていたため、販売した小説が無断で電子化されてネット上で公開された場合は、作家一個人が著作権(公衆送信権)に基づいて訴訟を起こす他は無く、出版社は何の法的権限も持たないので自ら行動を起こすことができなかった。それが今回可能になったわけだから、作家や出版社に取ってはメリットや安堵感は大変に大きい。
当初はこのような権利を著作隣接権として付与する案が検討された。著作隣接権は、テレビ局やレコード会社などの著作物の流通者(distributor)に著作権者とほぼ同等の権利を与えるものである。しかし、この案には多くの識者や専門家から反対の声が上がった。理由は、出版社の規模が千差万別でレコード会社や放送局のように業界の全ての会社が一定程度の規模を有していないことにある。一人社長でやっているまさに零細の出版社もあれば、キー局と呼ばれる大手放送局と比べても謙遜ない規模の大きな出版会社もある。これらの出版社間では、当然、その法務能力も異なってくる。そのような極端に開きがある業界に対し著作権そのものとほぼ同等の強力な権利を認めてしまうことはリスクが大きすぎるという意見が徐々に大きくなり、結局は、今回の一法益である出版権の中に電子出版も含めるというやり方に落ち着いた。
条文としては、先に紹介した79条以降でも電子出版に対応するための文言の変更・追加が行われている。例えば81条では、従来は「原稿その他の原品又はこれに相当する物の引渡し」から「原稿その他の原品若しくはこれに相当する物の引渡し又はその著作物に係る電磁的記録の提供」といった具合に…。また随所で「出版行為」という言葉と共に「公衆送信行為」も併記された。
最後に、デジタル・フォレンジックとの関わりを簡単に述べておきたい。著作権侵害は、特に文章のように視覚可能なものは、その実態を確認することが比較的容易であるのでひとたび侵害が発覚した後は、その対応は従前と変わらないであろう。それよりはむしろ、電子出版においてはインターネット空間が広すぎて現状ではその侵害実態を把握することが難しく、その点の対策として侵害実態をいち早く把握できるようすることにこそデジタル・フォレンジックは有効であると思われる。つまりは、電子透かしや電子署名を使ったトレース技術や本人or原本の確認手段としての応用価値が大いにあるはずである。こういった知的財産を追跡するといった分野でのデジタル・フォレンジックの利用方法に関しては、まだあまり研究がなされておらず、研究会でも今後のテーマとして取り上げていければ良いと思っている。このような技術は著作物だけでなく、漏洩した営業秘密情報の追跡など、他の知財分野でも応用が可能であろうと考えられる。
【著作権は、須川氏に属します】