第370号コラム:須川 賢洋 理事(新潟大学大学院 現代社会文化研究科・法学部 助教)
題:「2015年 不正競争防止法の改正(営業秘密保護の強化)」
先日、7月3日(金)に不正競争防止法の改正法案が参議院を通過し、成立した。
今回の改正は、営業秘密の保護強化に主眼をおいたものであり、言うまでもなく、昨年発生したベネッセからの大量の個人情報持ち出し事件をはじめとして、海外メーカへ国内の先端技術の流出が相次いだことをきっかけとして強化されたものである。今回のコラムでは、この改正法の主な概要を解説してみたい。
(なお、分かりやすく書くために、経済産業省の公開資料とはその順序や呼称が必ずしも一致していないことをお断りしておく。)
今回の改正では、特に刑罰が強化されていることが特徴である。その為、罰則を定める第21条が大幅に修正・追加されている。
(1)罰金の引き上げ
もっとも分かりやすい改正点であるが、営業秘密侵害行為に関する罰金額が引き上げられた。現在は、個人の場合で最高1,000万円、法人の場合で最高3億円であるが、これが個人で2,000万円以下、法人で5億円以下となる。
懲役刑のほうは今回は引き上げられていないので、営業秘密侵害に関する量刑は結果として「十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」ということになった。
(2)海外犯への重罰化
興味深いのは、「海外重課」という仕組みが取り入れられたことである。これは営業秘密を海外で使用する目的で侵害したり、海外で使われる事が分かっていて漏洩したりした場合、海外で不正に使用した場合などに、国内での場合より重い刑罰を課すもので、海外への漏洩に対しての罰金額は個人で最高額3,000万円、法人で10億円の罰金となる。(注意:懲役の量刑は変わらず。)
(3)犯罪収益の没収
近年では、「犯罪で得た財産や報酬は没収してしまうべきだ」という考え方が積極的に取り入れられており、本法でもこれを規定した。もしある企業が仮に、違法に入手した営業秘密で10億円の利益を得た場合には刑事立件されて罰金を払ってもなお5億円の利益が残ってしまうわけであり、これも回収してしまおうというわけである。
(4)不正開示された情報を取得した者を処罰可能に
現在の法律では、営業秘密を不正に取得・漏洩した者と、それを知りながら営業秘密をその者から直接開示を受けた者(つまり、二次入手者)までしか取り締まることができない。ベネッセ事件の際に問題になったのがまさにこの点であり、不正に取得された顧客名簿だと分かっていてそれを名簿業者から買ってDM発送を行ったりする者、更に再販売する別の名簿業者などは処罰の対象とできなかった。今回の改正では、このような転々流通した営業秘密の取得・使用・開示者も処罰の対象となった。
(5)非親告罪化
現在の営業秘密侵害罪は、被害者の告訴をもって行われる親告罪であるが、これを非親告罪とした。これによって、捜査・逮捕の迅速性が期待できる。
(6)未遂罪の追加
これは文字通り。未遂行為も新たに刑事罰の対象になる。
(7)海外蔵置のクラウドサーバへの対応
日本国内で事業を行う企業の営業秘密を海外で取得した場合も刑事罰の対象となった。海外のサーバに保管して管理していた情報が搾取された場合などを想定している。
その他にも、民事面での改正として、以下のような規定ができた。
(8)侵害の立証負担の軽減
営業秘密のうち、設計図や生産技術などの技術情報の場合、そもそも相手先企業が情報を不正取得したということを証明すること自体が困難である。そこで、それら秘密技術の使用が疑われる製品を生産した場合に、一定の条件の下に、営業秘密を侵害したと推定する規定が追加された。
(9)営業秘密侵害製品の輸出入の禁止
これは営業秘密を侵害していることを知っていた場合に限定されるのだが、その営業秘密を侵害した品を譲渡したり引き渡したりすることも禁止された。この条文の追加と併せて関税法も改正され、この規定に関しては輸出・輸入に対しても適用される。もちろん、電気通信回線を通じての提供の際も該当する。この行為に関しては差し止め請求が認められ、さらには刑事罰の対象にもなっている。上記(1)と同じ量刑になる。
(10)消滅時効の延長
あまり触れられていない箇所であるが、営業秘密の侵害の停止又は予防を請求できる期間が、「事実を知った時から3年・行為の開始の時から10年」→「事実を知った時から3年・行為の開始の時から20年」に延長されている。デジタル・フォレンジックの観点からは保護期間が長くなることは、それだけ解析の対象が増えることになるので気に留めておく必要があるであろう。
以上、簡単ではあるが、今期の不競法改正の主なものについてまとめてみた。今回は近年では稀に見る数の強化がなされていると言えよう。これによって営業秘密の不正取得の抑止力となってくれれば良いのだが…。
最後に余談だが、同日に「特許法」の改正法案も成立している。ノーベル賞受賞者である中村修二氏の青色LED訴訟をはじめとして、高額特許訴訟の原因となっていた、35条「職務発明」規定が抜本修正された。今まで、企業での従業者の発明については個人に帰属することが原則であったものから、今後は使用者(企業)に帰属することが原則に変更になった。特許問題もデジタル・フォレンジックがよく使われる場であり、多少なりとも影響があるであろう。
【著作権は、須川氏に属します】