第473号コラム:町村 泰貴 理事(北海道大学大学院 法学研究科 教授)
題:「未来投資戦略2017に現れた司法のIT化の課題」

今年の6月9日、政府は「未来投資戦略2017-Society 5.0の実現に向けた改革-」という文書を閣議決定した。これは、経済の長期停滞を打破するために、いわゆる第四次産業革命を取り入れて社会問題を解決することを目的とした政策プログラムである。その具体的施策の一隅に、以下のような記述が盛り込まれた。

「迅速かつ効率的な裁判の実現を図るため、諸外国の状況も踏まえ、裁判における手続保障や情報セキュリティ面を含む総合的な観点から、関係機関等の協力を得て利用者目線で裁判に係る手続等のIT化を推進する方策について速やかに検討し、本年度中に結論を得る。」

政策プログラムの中で「裁判に係る手続等のIT化を推進する方策」が中心的なテーマというわけではなさそうであるが、ともあれ具体的な政策課題として閣議決定されたということは重要である。

司法手続のIT化という課題は、実は16年前の司法制度改革意見書で既にその先鞭をつけていた。

そこでは、司法の利用相談窓口・情報提供とならんで裁判所等への情報通信技術(IT)の導入という項目が設けられ、「裁判所の訴訟手続(訴訟関係書類の電子的提出・交換を含む。)、事務処理、情報提供などの各側面での情報通信技術(IT)の積極的導入を推進するため、最高裁判所は、情報通信技術を導入するための計画を策定・公表すべきである」という指示がされていた。

これを受けた司法アクセス検討会では、IT利用という課題についてほとんど検討されなかったが、裁判所はこれをまともに受け取り、民事執行制度の強化の一つとして不動産競売の物件情報をインターネットにより公開するBITのシステムを開始した。オンライン申立てについても、裁判所が主導してこの時期に試みられている。2003年(平成15年)に、電子情報処理組織を用いて取り扱う民事訴訟手続における申立て等の方式等に関する規則(いわゆるIT規則)が定められ、これに基づく実験を踏まえて2004年(平成16年)の民事訴訟法改正により、オンライン申立ての根拠規定が、同法132条の10として明文化された。

この規定は、しかし、残念ながらほとんど活用されないまま今日まで来ているが、2011年(平成23年)制定の非訟事件手続法42条、家事事件手続法38条のほか、2015年(平成27年)制定の国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律69条にも、民事訴訟法132条の10の準用規定が置かれている。ただし、いずれの規定も、その具体化のための規則等は制定されておらず、実務でも運用はされていない。

なお、2004年(平成16年)に改正され新設された民事訴訟規則3条の2第1項は、「裁判所は、判決書の作成に用いる場合その他必要があると認める場合において、書面を裁判所に提出した者又は提出しようとする者が当該書面に記載した情報の内容を記録した電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下この項において同じ。)を有しているときは、その者に対し、当該電磁的記録に記録された情報を電磁的方法(電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法をいう。)であって裁判所の定めるものにより裁判所に提供することを求めることができる。」と定めている。この規定は申立てをオンラインで行うことを目的としたものではなく、単に紙媒体の提出書面にデジタル情報があるのであれば、その提供を求めるというものにすぎない。しかし幅広く用いられているようであるし、裁判所によっては電子メールに添付する形での提供を求めるところもあると聞く。裁判所における電子データとそのオンライン提出の可能性を示唆するものとして、注目すべき点である。

こうした歴史を踏まえて、また「司法制度改革と先端テクノロジィ」研究会などが細々とではあるが継続的に司法のIT化の提唱と実証実験を繰り返す中、「未来投資戦略2017」が司法のIT化の課題を、いわば表舞台に出したものである。

ところで司法のIT化といっても、いわゆるOAに関する部分では裁判所もコンピュータを利用した事務処理システムの構築を進めており、その意味でのIT化は進められている。また、社会における情報通信技術の利用が進むことで、社会に生起する紛争もネットワーク化・デジタル化が進むことになる。その結果、デジタル情報が証拠として登場したり、オンライン社会における取引や紛争が訴訟に持ち込まれると、司法手続としてもデジタルデータを扱わざるを得なくなっている。のみならず、SNSなどの情報ネットワークが社会に普及した現代では、訴訟手続に関する情報の伝播可能性も飛躍的に高まり、裁判の公開の方法面での対応も迫られている。要するに司法が様々な意味でITとの関わりを迫られるのは必然であり、裁判手続自体のIT化は避けては通れないものだと思われる。

しかし、特に民事手続についてIT利活用を進めるのであれば、それが何のためかを確認する必要があるし、根本的には紙媒体の記録を原本とする現在の体制からデジタル情報(電磁的記録)そのものを原本とする体制に転換する必要もある。このほか、セキュリティ確保のためのシステム構成や、裁判に携わる人々の対応能力の問題、設備の問題、ひいては予算の問題と、課題は山積している。

とは言え、難しいと言って手を拱いていると、技術がどんどん先に行って、導入されるべきITの姿も大きく変わっていく。司法制度も、早期にIT技術を活用し、問題が起こればこれに対処し、また技術的な進化をキャッチアップして行く必要がある。技術サイドとしても、積極的にバックアップしていくことが期待される。

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