第475号コラム:小向 太郎 理事(日本大学 危機管理学部 教授)
題:「マイナンバーとマイナンバーカード」

先月(2017年7月)にマイナンバーを基盤とする情報連携制度が開始され、国や地方自治体が税や 社会保障の行政手続に必要な情報を、法定の範囲内で互いに利用できるようになった。マイナポータルの 試行運用も開始され、マイナンバーがいよいよ本格的に利用されるようになる。これ以外にも「マイナンバー」や「マイナンバーカード」の利用拡大に向けて、検討が進められているというニュースをよく目にする。ただし、マイナンバーの活用とマイナンバーカードの活用は、制度的には全く別のものである。

マイナンバーは12桁の「番号」である。日本に住民票があるすべての人に割り当てられ、原則として同じ番号を生涯にわたって使うことになる。マイナンバーが割り当てられると、「通知カード」という紙のカードが市区町村から送られてくる。社会保障、税、災害対策に関する手続きにおいて、複数の機関での連携が必要な場合に、それぞれの機関にある情報が同じ人の情報かどうかを確認するために使われる。マイナンバーが利用できるのは、社会保障、税、災害対策に関連するものとして、法令で明確に定められた目的のために使われる場合に限られる。マイナンバー自体の利用目的を拡大することが検討されているのは、戸籍事務、旅券事務、在外邦人の情報管理業務、証券分野等の公共性の高い業務に限られる。法定された目的以外で利用することは違法である。

マイナンバー制度の活用分野として、チケット購入、ネットオークション、オンラインバンキング、オンライントレードなどで、本人の確認・認証に利用することが検討されていると報道されることがあるが、これらは基本的に「マイナンバーカード」の利用である。マイナンバーカードは、クレジットカードなどと同じ大きさのプラスチックの「カード」である。発行を申請した人に通知カードと引き換えに発行される。住所・氏名・生年月日とマイナンバーが記載され、ICチップと本人の写真がついている。カードのICチップには電子証明書などの機能も搭載されているので、この機能を使って民間事業者も含めて本人認証等に使うことが期待されているのである。

このコラムの読者には、すでにこうしたことを十分ご存知の方も多いであろう。「そうそう、マイナンバーとマイナンバーカードが違うということが理解されていないんだよな」とか、「そもそも、ごっちゃにしている報道が多いのが困ったものだ」とか、日頃から苦々しく思っている方もいるのではないか。私も、なかなか理解が進まないことに苛立っている者の一人である。この問題が神経を逆なでするのは、法律上かなりデリケートな扱いが求められているマイナンバーが、いい加減にあつかわれるのではないかという懸念が、頭をよぎるからであろう。

ただ、冷静になって考えると、「マイナンバーカードの利活用にはマイナンバーは使わない」ということを、普通の人に理解してもらおうというのは、間違っているのかもしれない。「マイナンバーカードにはマイナンバーが記載されています。だけど、身分証明書として使うときには、番号は見せないで下さい」とか、「マイナンバーカードの本人認証には、マイナンバーは使わないんです」とか。こんなことをいわれて、最初からすんなり納得する人がいるとしたら、その人はむしろどうかしている。だんだんと、そういう思いの方が強くなってきた。

身分証明書として使う際にマイナンバーが提示されないようにするために、現行のマイナンバーカードでは、番号をカードの裏面に記載したり、目隠し付きのビニールケースを付けて交付したりしている。しかし、これを徹底させるのであれば、住基カードの住民票コードと同様に、番号はICチップにだけ記録し、券面には記載しない方法を取るべきだろう。いわゆる「見えない番号」である。

そもそも、マイナンバーカードに番号を記載することは、個人情報保護対策等の具体的な検討を始める前から決まっていた。マイナンバー制度導入を決定した際の「基本方針」に次のような方針が明記されており、制度の具体化はこれに基づいて検討されたからである。

「番号制度の導入に伴い、新たに国民一人ひとりに付番される「番号」は、唯一無二 の「民―民―官」で利用可能な見える番号でなければならない」
「個人に対して付番する「番号」は、例えば住民基本台帳カードを改良したI Cカードの券面等に記載され、相手方に告知するなどして用いるものであるが、本来の目的を離れ、みだりに公開されたり、流通させたりすることのないよう検討する」
(政府・与党社会保障改革検討本部「社会保障・税に関わる番号制度についての基本方針 ―主権者たる国民の視点に立った番号制度の構築―」(平成23年1月31日)5頁 http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/kentohonbu/pdf/110131/honbun.pdf

これは実は、かなり無理なことをいっている。身分証明書等として利用されるカードの券面に記載されて提示される「見える番号」について、「本来の目的を離れ、みだりに公開されたり、流通させたりすることのない」ようにするのは、困難を極める。現行制度では番号の利用を厳しく制限して目的外の利用を防ごうとしているが、制度が広く理解されていなければ徹底は難しい。それにもかかわらず「見える番号」が選択されたのは、恐らく次のような理由による。

①券面に記載して利用してもらわないと、住基カードがそうだったように、普及が進まない恐れがある。
②ICチップにだけ番号が記録されていると、カードリーダを持っていない人は番号を利用することができない。

①についていえば、住基ネットと住基カードの利活用が進まなかった原因を番号の券面記載がなかったことだけに求めるのは無理があるし、そんな理由で普及しないのであれば、単にいらないものだということだろう。②については、マイナンバーの通知がマイナンバーカードの交付によって行われるのであれば、確かにそのとおりである。実は、私自身も、そのような理由であればやむを得ないと考えていた。しかし、実際には、マイナンバーの通知は「通知カード」によって行われることになった。現在、通知カードはマイナンバーカード発行の際に回収されているが、マイナンバーカード発行後も通知カードを本人に保有してもらえば、この問題も解決する。マイナンバーの提示と本人確認を一つのカードの提示ではできなくなるが、受領する側がカードリーダを備えていれば問題ないし、リーダがなくても通知カードと併用すれば同じことができる。

それならば、いっそのこと今からでも、マイナンバーカードの券面からマイナンバーの記載をなくしてはどうか。すでに発行しているものについても、手続きにはちょっと工夫がいるが、マスクすることは可能であろう。制度に関する一般の理解度をみると、マイナンバーカードの利活用の進展は、マイナンバーのずさんな取扱いにつながる可能性が高い。券面記載は番号法に明記されているため法律の改正が必要になるが、マイナンバーカードの券面にマイナンバーが記載されていなければ、マイナンバーカードの利用がマイナンバーの利用であると誤解されても、少なくともマイナンバーがなし崩し的に流通してしまう危険はかなり軽減される。

今後も恐らく、「マイナンバーの活用とマイナンバーカードの活用は、制度的には全く別のものである」ということが、広く一般に理解されるようになることはないであろう。本格的な活用がはじまる前に、券面記載の廃止も選択肢に入れて、改善できることがないか検討すべきである。

【著作権は、小向氏に属します】