第601号コラム:和田 則仁 理事(慶應義塾大学 医学部 一般・消化器外科 講師)
題:「医療事故における動画の検証」

今から30年以上前、手術の映像を残す場合は、銀塩カメラのスチル映像が主流でした。内視鏡手術が登場する以前のことで、外回りのナースや、手の空いている医師が台に乗って術野の上から撮るといった按配です。切除した検体を撮影するため、手術室にはカメラが常備してあり、写真を撮ること自体、ハードルはさほど高くはありませんでした。

1990年代になり内視鏡外科手術が登場すると、モニターの映像を見ながら手術を行うという特性により、手術映像を動画で記録することが容易になりました。ベータマックスとの規格争いに勝利したVHSのビデオデッキで録画することが一般的でしたが、2時間ごとにあの巨大なビデオテープが必要となるため、すべての手術映像を網羅的に残すことはなく、ビデオプリンターの4分割画像(現場ではプリクラと呼ばれていた)でキー映像を静止画で記録し、紙カルテに貼り付けて残すことが広く行われていました。

その後、VHSからminiDVテープと小型化し保管スペースの問題は改善しましたが、コストの問題もあり全手術映像を残すということにはなかなかなりませんでした。しかしDVDレコーダーが登場すると手術全体を記録するという文化が徐々に根付いてきました。この背景にあるのは、編集の可能性もあります。VHSの時代、ビデオ編集はプロの仕事で、我々も手術映像を学会発表用に編集する際には編集スタジオに半日ほど籠ったりしたものでした。

miniDVテープの時代になると、ようやく高性能なパソコンで編集できるようになってきましたが、テープをアナログで接続してデジタルデータに変換するという手間がありました。DVDは直接デジタルデータとしてパソコンで取り扱えるため、動画データをHDDに取り込んでおいて、学会に行く途中の新幹線の中で動画編集をするということが可能になったのです。こうなると内視鏡外科手術の映像を最初から最後までを毎回保存することのハードルが下がり、一部の病院ではすべての手術映像を録画し、病院としてサーバーに保存するということにもなりました。もちろん、手間とコストがかかることなので広く普及するということにはなっていませんし、保存期間や記録映像の画質(ファイルサイズ)、アクセス権限など解決しなければならない問題も残っています。

最近の録画機は内臓HDDとUSB接続された外部記録メディアに動画ファイルとして保存されるものが主流で、録画と保存がさらに容易になりました。多くの施設では、録画は執刀医の判断で行われ、保存も執刀医自身が行っている場合が殆どでしょう。そもそも医師にとって手術映像の録画の目的は、自らの技術向上や、学会等での発表、教育であるからです。病院が管理目的に手術映像を残すとなると少し意味合いが変わってくると言えます。また内視鏡映像以外の天吊りカメラによる術野映像や室内映像となると、患者や医療従事者のプライバシーの問題などもあり、話はちょっと複雑です。

手術の結果が思わしくなく、医療現場でトラブルになった、あるいはなりそうという場合、病院が加入している損保会社に報告が上がります。その報告に関して診療内容に問題があったかどうか顧問医に意見が求められます。そのような仕事を請け負っていますが、手術動画の鑑定が含まれることも多々あります。もちろん手術手技に問題がある場合も、特に問題を指摘しえない場合もあります。問題があったとしても事故の結果との因果関係までは認められないような微妙なものもあります。

前述のように最近では内視鏡外科手術の録画のハードルが下がったため、多くの場合、手術映像を検証することが可能ですが、鑑定をする上で必要な映像がない場合もあります。例えば、腹腔鏡手術で腹腔鏡になる前の準備段階、つまり直視下で行っている操作が怪しいと考えられる場合です。天吊りカメラがあってもそれをわざわざ撮影していることは通常なく、後から検証することができません。さらにいえば、麻酔科医やナースがどのような行動をしていたかは、麻酔記録・看護記録以外から知ることはできません。

ドライブレコーダーが普及し、多くの交通事故の事後的検証の精度が向上しています。映像の画質も向上し、車の正面だけではなく、後面、側面の映像も記録されていると、より多くのことがわかる利点があります。アメリカの警察官が胸部に装着しているボディカメラも、現場でのトラブルを減少させるという良い効果があるようです。少なくとも録画しているという状況が、警察官やその対応している対象者に冷静な行動を促すことは間違いないでしょう。手術映像もこれまでは外科医の技術向上や学術目的に録画が行われてきましたが、今後は日本の医療機関もフォレンジック目的に、あらゆる情報を動画として残していく時代が来るのかも知れません。そのためにも莫大な情報を検証するデジタル・フォレンジックの技術開発は不可欠と言えましょう。

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