第608号コラム:西川 徹矢 理事(笠原総合法律事務所 弁護士)
題:「新たなる試みへ」
昨秋の本欄(第586号コラム、令和元年10月17日発信)で、20年ほど前から少しづつ取り組んできた情報化社会における青少年の健全育成の在り方、あるいは迫り来るサイバー犯罪等から青少年を如何にして護るかなどのサイバーセキュリティ問題について私なりの取り組み方や係わり合いの概要を紹介した。
そのまとめとして、この問題は、できるだけ早い段階から、地域住民が挙って関心を持ち、官民で地域における現場情勢を共有すること、実情に適った総合対策を設け、それに沿って、次代を担う青少年に対する長期的かつ常続的な情報リテラシー教育やITリテラシー教育を地道に実践すること、それにより情報化社会に相応しい「感性」と基礎的な「素養」を青少年にしっかりと体得させることが大切であるとした。
具体的には、その一歩として、官民が協力して、地域の子供達に、身近な情報機器等に積極的に馴染ませることとし、特に、それらの「正しい」使い方・使われ方に対する考え方や関心を高め、いわば「邪道」なものは自ずと拒否する感性を培う一方で、万が一実際にセキュリティ上のトラブルに巻き込まれたり、何らかの未知の困難に遭遇した場合には、正しい相談ポイントや支援ポイントにいち早くかつ確実に辿り着くことができるノウハウや環境を整える。そして、これにより年少時の一瞬の不幸な出会いや判断によって取り返しのつかない悲劇から青少年を守る策を講じるべきだと考えている。
ところで、私事で恐縮だが、本年の正月、1歳8ヶ月の孫が、両親と拙宅で二度目の正月を過ごしたが、その滞在中と帰宅直後に、たまたま「IT絡みもどき」のハプニングに関わり、子供対策をめぐり改めて思うところがあった。
1件目のハプニングは正月祝膳の食卓に父親が置いたタブレットから始まった。孫がそれを見つけて駆け寄り、ぎこちない手付きでキーを弄くりだした。そして、来訪前日に「じいじ」の単語を初めて口にした許りの孫が、ヒトの言葉とは思えない声色で突然タブレットに何かを話しかけると、意外にも、タブレットが明瞭な女声で「貴方は本当に素晴らしい人です・・」と答えた。孫は「やった」と許り、得意げに微笑んだ。予期せぬ一連の展開にその場に居合わせた大人は吃驚して、顔を見合わせた。
最近は、デジタル時代生まれの子は、子供時代は言うまでもなく、幼児期からITリテラシー教育を受けなければならないと唱える人も増えてきたが、2000年頃に青少年問題の一環として、これを、家庭内教育とするか、学校内教育とするかをめぐり議論が盛り上がったことがあった。私も、これを機に幼少年教育に携わる方々と議論するようになり、次世代を担う子供を善導しながら、情操バランスの取れた情報リテラシー教育を実践することが大切だと考えるようになった。ただ、今回のハプニングのように、まだヒトとしての会話もできない幼児まで対象にすることは思いもよらなかったし、実際必要もないように思う。
2つ目のハプニングは、彼ら一家が帰省を終え自宅に戻って2日後に起こった。マンション9階の彼らの自宅から近くの公園に散歩に出かけようとして、両親が子供の遊具や防寒着等を玄関口で乳母車に積み込み始めた。その時、喜び勇んでひとあし先に玄関から出ていたこの孫が、僅かなスキに、玄関脇のエレベーター開閉ボタンを押し独りで乗り込み、やっと手の届いた行き先ボタンを押した。親はほぼ同時に異変に気付いたが、一瞬エレベーターが早く、ドアーが閉まり、勢いよく下降した。
親は咄嗟にエレベーター脇の階段を駆け下り、後を追ったが、如何せんエレベーターの方が速かった。やっと1階に着いたときには、エレベーターに人影はなく、辺りに子供の姿もなかった。マンションは交通量の多い幹線道路に面しており、親は肝を潰して必死に辺りを探した。幸いにも、程なくマンションの外ゲート付近でひとり遊ぶ我が子を見つけ、思わず駆け寄り抱きしめたとのこと。
後刻、これらの顛末を聞いたが、孫はテレビやラジオ、電話機は勿論、洗濯機や食洗機、扇風機、掃除機等あらゆる機器のスイッチボタンに興味があり、どうも押したり回したりするとモノが動いたり、ランプが点滅したりするのが面白いようで、目に付くものは片端から押しまくっているそうだ。
このハプニングは、いずれも、「情報化社会のリテラシー」を意識して実行されたものでもないので、殊更にリテラシーの問題として取り挙げる必要のないものと整理するほかないと考える。ただ、仕事柄、安心安全の一環として、情報セキュリティに強い関心を持ってきた私としては、前述のタブレットの声に意味ありげな反応をしめした点が、少々気になるし、何より時代の変化の中で生じる落とし穴的な危険ポイントを見落としていないかも気になる。例えば、本件のハプニングでも子供の安全とのカカワリという準共通的な面から見ると、情報機器制御ミスによる危険性やボタン誤操作による危険性に何らかの淵源的なものが潜んでいないのか。万が一何らかのかかわりがあるとなれば、ボタン操作の「リアクションに耽る」という感覚やそれに纏わるメカニズム的なものがあぶり出され、そこからこれまでにない事故防止手法の発見や開発に繋がると面白いだろう。また、近接する他分野の特異なアプローチ手法や着想を巧く活かして、本格的なIT機器や機材等の設計の際に子供達により安全なものやその弱点を補強するなどの改善に繋がり得るのではなかろうかと思ったりもする。
40年近く前、詳しい経緯は忘れたが、上司の命を受け、「独創的な発想法」に如何なるものがあるのかを調べたことがあった。当時その分野のホットな論客としてA.オズボーン氏やKJ法の川喜多二郎教授、板坂元教授等が活躍されていた。難問の「カベ」に阻まれながらも如何に独創的な手法や発想を駆使し自らの難局を突破されたのかを調べる中で、意外なことに、ニュアンスに差があるものの、幼児も含めた子供達の行動を観察したり、時には、一緒に行動したりすることを推奨する方が多くおられ、中には自らも被験者として参加し、素晴らしい閃きを得たなどと強調される方もおられた。今思えば、子供の安全性やセキュリティリテラシーの向上にこの手法は大いに役立ちそうなアプローチではなかったかと思う。
何れにせよ、近年の情報セキュリティ分野は、科学技術の著しい発展と相俟って、今や地球レベルでの重要な社会インフラ基盤の一翼を担うまでに成長した観がある。今後も留まることのない発展を遂げるために、兎にも角にも、まずは、常に、先人の知恵をよく学び、一層の独創性を蓄えながらそれぞれの立場でできることから着実に実践展開を繰り広げるべきであるとの意を強くした次第である。
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