第632号コラム:櫻庭 信之 理事(シティユーワ法律事務所 パートナー弁護士)
題:「中国改正民事訴訟規則と日本の裁判手続IT化のもとでの電子データの証拠調べ
電子証拠の証拠調べの問題については、ここ数年、色々なところで話す機会がありました。中国の新民事訴訟規則が施行されたこともあり、過去の事件をご紹介し、IT化のもとでの適切な証拠調べ方法の試案をあわせて述べることにいたします。拙稿は少し長くなりますが、どうかご容赦ください。
1 過去の事件
弁護士4年目のとき、私は自宅に帰れない日が続く大事件を担当することになった。大和銀行ニューヨーク支店事件である。ニューヨーク支店採用の嘱託行員が、アメリカ財務省証券の保管元バンカーズ・トラストから支店に送られてくる保管残高明細書を改ざんし、11年もの長きにわたって無断かつ簿外で取引、売買を繰り返していた。彼の無断取引、無断売買による銀行の損失総額は、日本円で1100億円を超えた。弁護士は、いくつものチームに分かれて対応したが、代表訴訟への銀行の関わり方1つをとっても、当時解説したものも条文もなく、日々出てくる論点と現場で格闘をしいられた。アメリカに発送するドキュメント・プロダクションでは、段ボールが会議室一杯に山積みになった。この事件は、「内部統制」の言葉を日本に広める契機にもなった。
不正は、いつまでたっても気付かれないことにしびれを切らした本人が、本店の頭取に宛てて告白文を送ることでようやく発覚した。本人の告白前、ニューヨーク支店では、もちろん毎月店内検査はしていたし、検査部の臨店検査も、会計監査人の監査も行われていた。日本からは大蔵省の抜打ち検査や、日銀考査、国税局の調査など、何度も監査が入っていた。ところが、こうした監査のプロたちの誰も改ざんに気付くことはなかった。行員がした改ざんは、そんなに巧妙だったのか? いや、見抜くことはできた。発覚しなかったのは、バンカーズ・トラストの登録債原簿を直接調べることをしなかったからだった。
現金、現物であれば、手にとり、実際に目で見て数えて確かめる。保管残高証明書であれば、帳簿と照合するだけでは済ませず、保管元の原本と直接「突合」する。それが真正確認の鉄則であるはずが、当時、後者を行う慣習がなかった。
写しを原本として扱った支店の悲劇から20年以上もたったが、過ちは教訓として生かされず、今も同じことが起きている。今年(2020年)、ドイツのオンライン決済サービス会社幹部が仕組んだ、10億ユーロ(1200億円)もの銀行預金の架空が発覚した。報道によると、会社から示された文書とスクリーンショットをみて監査をしてきたために、3年もの間、架空を見抜けなかった。
日本でも、エフオーアイの有価証券届出書等虚偽記載事件が同じである。裁判では、金融商品取引法違反が争われ、現在、最高裁に係属している。訴訟代理をしている関係から公開情報のかぎりで説明すると、エフオーアイは東証マザーズに上場したが、売上の97パーセントが粉飾だった。注文書は、切り貼りしてコピーし、様式はパソコンを使って偽造されていた。それを上場前、主幹事証券会社は、提示された写しを見て信用していた。これに対し、東京地裁は、それでは真正の確認をしたことにはならない、「原本又はオリジナルデータを確認すれば、偽造が直ちに判明したか、原本又はオリジナルデータが存在しないことが明らかとなって粉飾を発見できた可能性があった」と認定した(東京地裁平成28年12月20日判決)。
被告会社が決算書の写しを裁判所に提出した民事訴訟で、被告本店で実施した起訴前証拠保全の状況を昨年法廷で証言する機会があったが、原本を保全していたことで、被告会社の改ざんを裁判所に明らかにすることができた。
2 中国の最新民事訴訟規則
さて、本コラム・タイトルの中国の最新民事訴訟規則をご紹介する。IT大国は、さすがにこの問題の核心を理解していた。今年5月、日本の最高裁に相当する最高人民法院は、昨年末に改定した「最高人民法院关于修改<关于民事诉讼证据的若干规定>的决定」(「民事訴訟の証拠に関する若干の規定」)法釈〔2019〕19号(以下「規則」という。)を施行した。電子データの範囲に関する例示規定として規則14条を新設したうえで、証拠調べに関連する条文を下記のように定めている。
規則15条(新設)
当事者が視聴資料を証拠とする場合、当該視聴資料が格納された原記録担体を提供しなければならならず、当事者が電子データを証拠とする場合、原本を提供しなければならない。電子データの作成者が作成した原本と一致する副本または電子データを直接の起源とした印刷物またはその他の表示・識別可能な出力媒体は電子データの原本とみなされる。
規則23条
人民法院は視聴資料、電子データを調査収集する場合、被調査人に原記録担体の提供を求めなければならない。原記録担体の提供が確実に困難な場合、複製を提供することができる。複製を提供する場合、人民法院は調書にその出所と制作経緯を説明しなければならない。
新規則24条(新設)
人民法院は鑑定が必要な証拠を調査収集する場合、関連技術規範を遵守し、証拠が汚染されないことを確保しなければならない。
規則93条(新設)
人民法院は電子データの真正性について、以下に掲げる要因を総合的に判断しなければならない。
(1)電子データの生成、格納、伝送に使用するコンピュータシステムのハードウェア、ソフトウェア環境が完全で、信頼できるか
(2)電子データの生成、格納、伝送に使用するコンピュータシステムのハードウェア、ソフトウェア環境が正常に動作しているか、または正常に動作していない状態で電子データの生成、格納、伝送に影響があるか
(3)電子データの生成、格納、転送に使用するコンピュータシステムのハードウェア、ソフトウェア環境にエラーを防止するための効果的な監視、検証手段が備えられているか
(4)電子データは完全に格納、伝送、抽出されたか、保存、伝送、抽出された方法が信頼できるか
(5)電子データは正常な操作において形成され、格納されているか
(6)電子データを保存、伝送、抽出した主体は適切か
(7)電子データの完全性と信頼性に影響を与えるその他の要因。
人民法院は必要に応じて、電子データの真正性を鑑定または実地調査などの方法により審査し判断することができる。
規則94条(新設)
電子データに以下に掲げる情況がある場合、人民法院はその真正性を確認することができる。但し、反証に足りる相反証拠がある場合は除く。
(1)当事者が提出または保管する自己に不利な電子データ
(2)電子データを記録し保存する中立的な第三者プラットフォームによる提供または確認
(3)正常な業務活動において形成された
(4)書類管理方式で保管された
(5)当事者の約定方法で保存、転送、抽出された。
電子データの内容が公証機関を通じて公証された場合、人民法院はその真正性を確認しなければならない。但し、反相反証拠により覆される場合は除く。
(以上の和訳は、中国の律師事務所において知的財産総監をされていた相澤良明氏からのご提供による。)
中国は、例えば、スマートフォン中のチャット記録を電子証拠として使用する場合、法廷に当該アカウントを登録したスマートフォン自体を提示しなければならないとした。
WORDもPDFも、そのメタデータは消去、改ざんできる。そのため、提出する証拠データ単体をみただけでは改ざんを見抜けない事態が出てくる。そこで、中国は、データを格納したデバイスを提示させ、証拠データの原本を直接みることに決めた。データ抽出のプロセスの適切性や、扱った主体の技術能力・資格なども審査する。
3 Webシステムを通じて直接原本データをみる証拠調べ
中国でも一部遠隔審理が始まったようだが、日本は、全庁において全面的に遠隔審理が技術的に可能となった。そのため、原本性の弱いメタデータだけでなく、より強固な原本情報を総合した証拠調べができる。もし中国のように機器を物理的に裁判所に提示することが負担であるとすれば、原本データをWebシステムを活用して取り調べる方法として、以下のとおり考えられる。Webシステムに接続すれば、裁判所にいながら、電子データ原本とその格納状態を直接取り調べることができる(準現場検証)。当事者が電子データをシステムにアップロードしてくるということは、データを格納していた補助記憶装置もその手元にある。
メールが証拠であれば、受信トレイのいくつかのカラムをソートしてみて不自然がないかを確かめる。ヘッダー情報との照合も簡単である。悪意の当事者は、改ざん後のファイルをデバイスに埋めて裁判所に示してくるので、ハッシュ値の比較だけで確かめるのではなく、ディレクトリの配置・管理情報の自然さなどを複合的に「突合」する。必要ならログもみる。各提出証拠の個性に従い、チェック対象は柔軟に決める。提出データ以外の情報も目にすることになり守秘の問題もでてくるが、無関係な情報と一緒にみることで、証拠の自然さの確認精度はむしろ向上する。
真正性の取調べは検証であるから、静的な証拠は静的な状態、動的な証拠は動的な状態のまま取り調べる。フォーマットの変換は原本状態、原本情報を変えてしまうので、それはせず、あるがままの状態をみる。取調べの結果の記録化が必要な箇所は、取調べを進める中で随時キャプチャや動画で残す。記録編綴のため変換データを提出させるのが良ければそれでも良いが、それは証拠調べとは別である。操作では、提出証拠を格納していた機器を代理人のPCに接続するか、オンラインに直接つなぎ、裁判所が代理人に指示して操作させるか、「制御を要求」をクリックして、裁判所が操作する。
以上のライブ・フォレンジックには特別なツールは必要ない。費用も時間もかからない。ただ、手続の適切性を担保し、証拠の汚染を防ぐためには中国にならい、有資格の、または経験豊富なフォレンジック・エンジニアが(仮想)法廷のバーの内側で補助者として立ち会うことが望ましい。なお、調査報告書は、少なくとも最初の提出段階では過度に負担であり、証拠としても間接的である。
フォレンジック・ツールを使う場合も、ネット上のフリーのソフトを対象機器にダウンロードすることでも相当対応できる。実際にやってみたが、たとえばMFT(Master File Table)をみることで改ざんを見抜くことができる。IT化の議論では、かつての物理コピーのイメージからか、ツールは何か大仰なマシーンであって、作業も大変と思われているが、今のツールを知るIDFの会員にはそうではないことは周知である。
IT化の議論では、紙証拠をコピー機でコピーしてきた長年の感覚が弊害になっている。機械コピーの写しが許されるのは、記録編綴用に写しを提出するのとは別に、元々紙として存在する原本自体を法廷で直接取調べる手続がひかえているからである。しかし、生まれながらの電子データの場合、原本データ自体の書き換えが簡単なため、コピー機は、むしろ付属していた原本情報を削ぎ落し、書き替え、改ざんを隠ぺいする道具となりうる。データ変換にも同様の問題がある。
【著作権は、櫻庭氏に属します】