第693号コラム:石井 徹哉 理事(独立行政法人大学改革支援・学位授与機構 開発研究部 教授 )
題:「限りなく透明に近いグレーなデータ放送」
NHKは、2021年11月22日12時より12月20日12時の期間、インターネットに接続されているテレビを対象に、関東地方の1都6県のNHK各放送局から放送される総合テレビとEテレの視聴状況に関する調査をデータ放送の際に利用をしたとのことです。この調査は、対象地域の放送局からの放送の視聴状況(視聴中のチャンネル情報、番組の視聴時刻の情報等「視聴者情報」)を取得し、放送番組の視聴のされ方の分析、番組編成の検討及び番組制作の改善等に活用する実験であるとされています。ここでNHKが取得される視聴者情報は、視聴中のチャンネル情報・番組の視聴時刻の情報(NHK総合とEテレ)、同一受信機を一意に識別するためにNHKのサーバが発行するID(計測用ID)、視聴者情報の送信設定(送信する/しない)の状態、IPアドレス、受信機に設定されている郵便番号、HTTPリクエストヘッダーに含まれるユーザーエージェント情報、アクセス時刻、受信機製品情報であり、IPアドレスは、不正アクセス検知の目的のみに利用し、分析に利用せず、正常アクセスと判断したIPアドレスは速やかに削除するものとされています(本コラムでのNHKのデータ放送による視聴者情報の取得実験に関する記述は、NHKのデータ放送画面のトップページからリンクされている「視聴調査実験」に関するページの記載に基づいています。)。
データ放送は、放送中の主となる番組から独立してニュース、天気予報などの情報提供を行ったり、番組内容を補足する放送を行ったりするものです。通常、データ放送を視聴するには、リモコンのdボタンを押すことで可能となりますが、放送局からの送信によってもデータ放送を画面表示させることができます。また、受像機がネットワークに接続されている場合、データ放送での入力内容を当該放送局が管理するサーバへと送出することも可能となるようです。しばしば使われるのは、生放送番組で視聴者にアンケート調査を実施したり、またはクイズを出題し、その回答をリモコンの赤、青、黃のボタンを押すことで回答させ、これをサーバで集計するというものがあります。これらの場合、具体的にどのような情報がサーバへと送出されているかは詳らかではありませんが、懸賞タイプのもの、プレゼント応募の要件とされている場合には、少なくとも受信機を識別するための各種情報が送出されているものと考えられるものの、情報の送出は、受信機を操作している人が積極的に行っているものです。
上記のNHKの受信機の視聴者情報の取得実験では、該当期間にNHK総合テレビやEテレにチャンネルを合わせると、画面には表示されない透明なスクリーンのデータ放送画面が起動し、この透明スクリーンの起動中、並びにデータ放送のトップ画面及び一部データ放送のコンテンツ起動中にインターネットを経由して視聴者情報が送信されるとされています。なお、視聴者情報の送信停止は、オプトアウトとされ、当該期間中該当地域内のNHK放送局の放送を視聴する場合、視聴者情報がインターネットを経由して送信されることが初期設定になっており、受信機を操作して、NHKのデータ放送画面から視聴者情報の送信を停止するように設定しない限り、
視聴者情報が送信されることになるようです。
上記の説明からわかると思いますが、日本におけるデータ放送は、電波産業会により策定されたデータ放送向け記述言語であるBMLを使用しており、対応の受信機にはBMLを表示し、または実行するBMLブラウザが搭載されています。したがって、データ放送を受信してこれを画面に表示し、リモコンによりインタラクティブに操作できるテレビ受信機は、刑法168条の2以下の不正指令電磁的記録に関する罪の各本条における「電子計算機」に該当します。
刑法168条の2では、「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」(「不正指令電磁的記録」)を実行の用に供する目的で作成し、または提供する行為あるいはこれを実行の用に供する行為を犯罪として処罰しています(3項では未遂も可罰的であるとされています。)。では、上記のNHKのデータ放送による視聴者情報の取得実験に際して送信される、画面には表示されない透明なスクリーンのデータ放送画面が起動し、この透明スクリーンの起動中に視聴者情報をインターネットを経由して送信させる内容を記述したBMLは、不正指令電磁的録に該当しないのでしょうか。データ放送に際して送信されるBMLが「電磁的記録」に該当することに異論はないものと思われます。
まず問題となるのは、「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき」ものといえるかどうかです。この点に関して、いわゆる「コインハイブ事件」の東京高裁判決(東京高裁令和2年2月7日判決(令和元年(う)第883号))は、「当該プログラムの機能について一般的に認識すべきと考えられるところを基準とした上で,一般的なプログラム使用者の意思に反しないものと評価できるかという観点から規範的に判断されるべきである」とし、「一般的な電子計算機の使用者は,電子計算機の使用にあたり,実行されるプログラムの全ての機能を認識しているわけではないものの,特に
問題のない機能のプログラムが,電子計算機の使用に付随して実行されることは許容しているといえるから,一般的なプログラム使用者が事前に機能を認識した上で実行することが予定されていないプログラムについては,そのような点だけから反意図性を肯定すべきではなく,そのプログラムの機能の内容そのものを踏まえ,一般的なプログラム使用者が,機能を認識しないまま当該プログラムを使用することを許容していないと規範的に評価できる場合に反意図性を肯定すべきである。」としています。なお、「一般的なプログラム使用者」という概念は、社会通念と同様、裁判官の規範的評価によるもので、統計的手法による認識の集約等により計測されるものではないことに留意すべきです。これを今回のNHKの視聴情報調査について検討してみますと、一般的に「放送」というものが放送局からの一方的な送信という雑駁な認識があるなか、データ放送においても積極的にリモコン操作をしないと受信機に関する種々の情報が送出されない(最大限見積もるとしても、放送を視聴し、楽しむ範囲内のものしか送出されない)というのが通常のテレビの視聴者の認識であり、(NHKが視聴者情報は個人情報ではないとしているものの)放送局の側で相当程度まで識別可能となる情報(こうした情報であるからこそ懸賞やプレゼント応募も可能になるはずです。)を視聴者が自動的にインターネットを経由して送信されるということは、機能を認識しないまま透明なスクリーンによるデータ放送による情報送信は、その意図に反するものと評価可能です。
次に「不正な」指令を与えるものといえるかどうかが問題となります。この点に関して、上記東京高裁判決は、「一般的なプログラム使用者の意に反するプログラムであっても,使用者として想定される者における当該プログラムを使用すること自体に関する利害得失や,プログラム使用者に生じ得る不利益に対する注意喚起の有無などを考慮した場合,プログラムに対する信頼保護という観点や,電子計算機による適正な情報処理という観点から見て,当該プログラムが社会的に許容されることがあるので,そのような場合を規制の対象から除外する趣旨である。」としています。この観点からしますと、「放送番組の視聴のされ方の分析、番組編成の検討及び番組制作の改善等に活用する実験」というNHKの利益と視聴者に関する(NHKが個人情報ではないとする)視聴者情報のオプトアウト方式による自動的な取得という視聴者側の不利益、さらにはNHKが組織として受信契約情報を保持しており、本件では突合をしないとしつつも、突合による識別可能性が生じるリスクなどを考慮して判断することになります。このあたりはかなり微妙な判断になるため、不正性が認められると断定はできませんが、不正性が例外的に否定されうるものとされていること、昨今の社会情勢を考慮すると、不正性がないものと断定することも困難です。コンプライアンスの観点からは、透明スクリーンによるオプトアウト方式での取得ではなく、例えば、強制的にデータ放送画面に移行させ、オプトインを促す方式を選択すべきであったと考えられます。
なお、上記東京高裁判決については、被告人が上告し、その弁論が2021年12月9日に開かれる予定となっています(令和2年(あ)第457号)。最高裁が弁論を開く場合は、通常原判決を破棄する可能性が高いとされており、ここで示した東京高裁の刑法168条の2の解釈に関する判断が最高裁で変更される可能性もあります。そのため、最高裁の判決次第では、上記内容のように考えることができなくなる可能性もありますが、コンプライアンスの面からは一応東京高裁の判断に従って検討しておくのがリスクを回避する方法ではないかと考えるところです。
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