第799号コラム:熊平 美香 理事(一般財団法人クマヒラセキュリティ財団 代表理事)
題:「認知的多様性」

皆さんの周りにはどのような多様性が存在しますか。お客様のニーズの多様性、国籍の多様性、組織文化の多様性、ジェンダー特性の多様性、世代の多様性、立場の違いによる多様性等々、多様性に意識を向けると、身近な所にも、たくさんの多様性があることに気づきます。

多様性は、イノベーションの源泉と言われることも多いですが、一方で、多様性は驚きや違和感の源泉でもあり、ときにはストレスの元になることもあるかもしれません。

そこで、皆さんにご紹介したいのが、認知的多様性という概念です。認知的多様性を理解すると、驚きや違和感を『学びへの扉』と考えることができるようになり、多様性の価値を実感しやすくなります。 

メンタルモデル
認知的多様性とは、ものの見方や考えの多様性のことを意味します。認知的多様性を説明するために、メンタルモデルという概念を紹介します。

メンタルモデルとは、私達が、世の中の人や物事に対して持っている前提のことです。メンタルモデルは、経験を通して形成されます。

例えば、夏は暑い、桜は春に咲く、海は青い、アメリカ人は◯◯、日本人は◯◯、あの人は◯◯等、私達は、過去の経験を通して、人や物事に対して前提を持って暮らしています。この前提は、物事を判断する上でも、思考に影響を及ぼし、判断を支援する役割を担います。

雪が積もった朝、皆さんは坂道を避けて歩きませんか。その理由は、私達が、過去の経験を通して、雪の積もった朝、坂道を下ると滑り易いことを知っているからです。このように、メンタルモデルは、私達を危険から守るために、大切な役割を果たします。

私達の行動の前提には、メンタルモデルがあります。例えば、家をギリギリに出ても、電車の接続がスムーズで、遅刻しなくて済んだ経験を数回繰り返すと、「このぐらいギリギリに家を出ても、時間までに到着できる」という思い込みを持ち、ギリギリに家を出ることが習慣になるかもしれません。しかし、ある日、電車の遅れにより、接続がうまく行かず遅刻してしまうと、過去の経験に基づく前提が通用しないと気づきます。そして、この経験を通して、新しいメンタルモデルが形成されます。

行動と認知の4点セット
私達の行動の前提には、意見・経験・感情・価値観が存在します。例えば、上意下達の組織に長く働く人は、「上司に物を申してはいけない」というメンタルモデルを持ち、上司の考えに従うことを大切にしています。上意下達の組織では、多くの人たちが、このメンタルモデルと行動様式を当たり前だと思っているため、組織風土にも、その姿が現れます。このため、新人も、すぐに、このメンタルモデルと行動様式を習得し、上意下達の組織風土に合わせることができます。

【意見:上司に物申してはいけない】→【行動:上司の指示に従い行動する】
私達の考えが、行動に反映することは、誰もが理解出来ると思います。

【メンタルモデル】→【意見】→【行動】
では、そもそも、なぜそう考えるのでしょうか。この問いに対する答えが、先程から紹介しているメンタルモデルです。過去の経験を通して形成されたものの見方が、意見の前提にあります。

【経験と感情】→【価値観(ものの見方や前提)】
メンタルモデルである、物事に対する前提は、過去の経験とその時に味わった感情を通して形成されます。

行動・思考・経験・感情・価値観
これらをつなぐと、私達の行動は、思考を前提としていますが、その思考の前提には、経験、感情、価値観があると言えます。

【行動】←【思考】←【経験】←【感情】←【価値観】

【行動:上司の指示に従い行動する】
【思考:上司に物申してはいけない】
【経験:物を申した同僚が、叱られている様子をみた】
【感情:怖い】
【価値観:上意下達の原則】

認知の4点セットの活用
21世紀学び研究所では、自己のメンタルモデルを理解するために、認知の4点セット(意見、経験、感情、価値観)で自分の考えをメタ認知することを奨励しています。認知の4点セットを活用すると、自分の考えの背景にあるメンタルモデルがどのような経験を通して形成されたのかが解ります。また、対話においては、他者の考えの背景にある経験や価値観を傾聴することが容易に行えるようになります。

この習慣を持つと、異なる意見に遭遇した際に、意見の違いに意識を向けるのではなく、その背景にある経験や判断の尺度に注目するようになります。その結果、自分の経験の枠に縛られない、新しい発想で物事を捉える力が高まります。このような習慣を持つ集団は、認知的多様性を活かし、新しい価値を創造することが可能になります。

皆さんも、意見、経験、感情、価値観の4点セットで、自分の考えをメタ認知することを習慣にしてみてください。多様性の一部である自分自身についても、新たな発見があるかもしれません。

【著作権は、熊平氏に属します】