第821号コラム: 石井 徹哉 理事(明治大学法学部 専任教授)
題:「侮辱罪の重罰化は意味があるのか」

 町長室で性交渉を強要されたとの虚偽の事実が拡散され、さらには町自体が「セカンドレイプの町」と中傷される事態にいった事件があります。最近、当事者である町長が取材に応じた記事が掲載されました。
産経新聞4月30日「「草津町に来て謝るべきでは」虚偽認定された性交渉証言に苦しんだ黒岩信忠町長の怒り㊤」
産経新聞4月30日
https://www.sankei.com/article/20240430-IRGZ5336PRCMFLQGJCIBE6IEPU/
「「世の中はひどい…言われっぱなしだ」性交渉証言に苦しんだ黒岩信忠草津町長の怒り㊦」
産経新聞4月30日
https://www.sankei.com/article/20240430-3UY3ONGQX5CDDAM7AAVHBPLFXY/

さらに、町長本人による手記として
黒岩信忠「草津町を「セカンドレイプの町」と呼んだフェミニストらの横暴を許すな」
月刊性論オンライン4月16日
https://www.sankei.com/article/20230417-WFKNBTPHDJGYXEMVUUKL5F34H4/

 この事件に関する諸問題は、多岐にわたりますが、侮辱罪の法定刑の引上げとの関連で些少の思いつきを述べたいと思います。刑事法上、この事件は、結局、虚偽の事実を述べた元議員の名誉毀損及び虚偽告訴の立件しかありません。虚偽の刑事告訴があったがゆえに虚偽告訴が問題となりましたが、名誉毀損及び侮辱が親告罪であることも大いに関係しているように思われます。実際には、地方公共団体である町が被害者足りうるかは疑問なしとしませんが、「それはまずフェミニスト*の議員や大学教授、識者と呼ばれる人たちが「女性が勇気を持ってした性被害の告発をみんなで潰そうとしている。草津町はセカンドレイプの町だ」などと町を批判し始めたことでした。」(正論オンラインより)という事態に発展しており、さらには、「インターネットでは「草津町に『行くのをやめよう』キャンペーン」が展開されました。「いつレイプされるかわからない」といった風説が次々と流布され、あふれていきました。」(同記事)という事態に至っています。
 これらの事態が一個人や一企業に起きれば、おそらく名誉毀損、侮辱、さらに業務妨害が問題となりえたでしょう。個々の表現行為について、こういった刑事的介入をするのは、表現の自由を侵害するとの批判もありえますが、少なくとも現行法上、表現の自由との兼ね合いは、名誉毀損、すなわち「事実」の摘示について、これが公共の利害に関する事実であり、公益目的でなされたことに加え、真実であると足りるに相当な根拠、資料をもってなされるという限度で処罰しないということでなされています。否定的評価を付す侮辱や業務妨害は、そもそも表現の自由との牴触すらないものとされています。
 草津町の事件は、稀なものでしょうが、殊ネット、SNSを見て回る限り、事実を確認せず、さらには事実すら問題とせず、否定的評価をもつ言説を投げつける投稿は、多く見受けられます。しかも、複数のアカウントが嵩となって特定の人物へ集中する状況も多いようです。翻って、侮辱罪の法定刑を引き上げる立法事実となったものの一つは、SNSにおける集団的な誹謗中傷により甚大な被害が生じたことではなかったでしょうか。
 町長が紳士的であるのか、根元だけ対応すればよいとの判断なのかわかりませんが、告訴が限定的であった頃から、火がなくとも自ら薪を焼べて多数人で誹謗中傷を大量に行う事態があったとしても、その他大勢の者は、責任を問われることのない状態となっています。こういう状況は、集団的な誹謗中傷事案について、適切な対応がなされているとはいえないように思います。刑罰法規に一定の抑止的な効果を期待するのであれば、ネット上であろうが、ネット外であろうが、集団的な侮辱行為については、親告罪とすることは適切ではないように思われます(かつて、集団強姦が親告罪ではなかったことなども参照。)。また、集合的な誹謗中傷により被害者が死亡するような事態も起きたことを参考にするならば、たんなる集団的な誹謗中傷行為についても、集合的な侮辱が傷害の危険性のある暴行と同視しうるとして相応の処罰を可能にすることも検討してよいのではないかと考えます。重要なことは、事実を無視しておこなう行為に問題があるということです。

 *かつて役職上ハラスメント対応をしていた頃、事実や証拠に基づかず女性の言明を鵜呑みして事態を混乱させ、問題解決に支障をきたさせたフェミニスト教員らを想起させました。

【著作権は、石井氏に属します】