第845号コラム:佐々木良一 理事(東京電機大学 名誉教授・サイバーセキュリティ研究所 客員教授)
題:「CySecのデジタルフォレンジック教育10周年」

 私がセキュリティの研究に着手したのは1984年のことで、当時所属していた日立のシステム開発研究所の主任研究員になった時のことでした。その後、セキュリティの研究は続き、2001年に東京電機大学に移ってからもセキュリティの研究に携わりました。
大学での教員生活を開始するにあたり次の3つのことを心掛けました。
1.学生の指導を第一義に位置づける
2.生涯一研究者でいることを大切にする
 (ITリスク学の確立、デジタルフォレンジック研究の先行実施)
3.頼まれたことは自分の専門性が生かせるなら基本的に引き受ける
 (学会、政府委員会等の活動、学内の活動)
 戸惑いながらもいずれも何とかやってこられたのかなと思っています。
 学生の指導の中では研究指導を一番重視しました。これは、途中からの先生業なのでよい教育者にはなれそうもないので、よい先輩研究者になるしかないだろうと思ったことによります。もちろんセキュリティの教育のためには講義についても、自分なりにいろいろ工夫を凝らしていきました。2001年当時、大学院で暗号の教育をしているところはありましたが、学部でセキュリティ全体の教育を行っているところはほとんどなく、手探りでカリキュラムやコンテンツを作っていったように記憶しています。その後数年で学部向けの教育は方向づけができるようになっていき、また学生への研究指導、論文化指導も順調に進み始めました。
 そのような中で気になっていたのは、社会人への専門家教育です。具体的には2013年ごろデジタルフォレンジック(以下DF)研究会の会長をやっており、当時、DFの実務をやれる人や、DFの研究をやる人がほとんどおらず、DF人材の育成が大きな問題の1つになっていました。そこで、東京電機大学で社会人向けと大学院生向けに講座を開くことにし、具体的に準備を始めていました。その過程で、安田浩先生が大河内智秀さんと協力してセキュリティ全体を対象とし同じような企画をしていることを知りました。それならば一緒にやっていこうということになり、文部科学省の制度に一本化して応募することになりました。
 CySec(国際化サイバーセキュリティ学特別コース)という講座の名前や、DF以外の5つの科目名はすでに決まっていて、「セキュリティインテリジェンスと心理・倫理・法」や、「セキュリティマネジメントとガバナンス」、「サイバーディフェンス実践演習」などセンスのいい名前を付けているなと思った記憶があります。その後、具体的な講師の選定と依頼については、DF以外に対してもいろいろ協力していきました。講義を開始する2015年当時、CySecの外部評価委員の人からこれだけの講師をよく集められましたねという評価を得ることができました。
 DFについては、立命館大学の上原哲太郎先生、東京電機大学の八槇博史先生に私の大学人以外に、弁護士の櫻庭信之先生や、実務を担当していた社会人の野崎周作さん、白濱直哉さんに講師をお願いしました。当時の担当は以下の通りでした。
第一回  佐々木 デジタルフォレンジック入門
第二回  上原  ハードディスクの構造・ファイルシステム
第三回  上原  ハードディスクのためのOS、Windows概論
第四回  野崎  フォレンジック作業の基礎
第五回  野崎  フォレンジック作業 データ保全
第六回  白濱  フォレンジック作業 データ復元
第七回  櫻庭  法リテラシーと法廷対応
第八回  白濱  フォレンジック作業 データ解析①
第九回  野崎  フォレンジック作業 データ解析②
第十回  野崎  フォレンジック作業 演習
第十一回 八槇  ネットワークフォレンジック 
第十二回 八槇  ネットワークフォレンジック演習
第十三回 白濱  代表的対象におけるDFの方法①
第十四回 野崎  代表的対象におけるDFの方法②
第十五回 佐々木 デジタルフォレンジックの今後の展開/学力考査
 その後、時代のニーズに合わせ修正を行っていきました。2016年からは、前年度の講義で重複があった部分を調整し、モバイルフォレンジックを追加し、野崎さんに担当いただきました。2020年からはファストフォレンジックを追加し社会人の大谷尚通さん(2023年からは大嶋真一 さん)に担当いただきました。また、2024年からはクラウドフォレンジックを追加し社会人の渡邊浩一郎さんに担当をお願いしています。
 この間、アンケート結果によると、幸いCySec全体もDFの講義も好評だったようです。特にDFについては全体構成がしっかりしているという評価をいただきました。そのためかコンスタントに受講者がおり、DFについては合計で200人をこえる社会人が受講していきました。その中には警察関係者や、地検の人などもいました。
 もちろん不十分な点もいろいろあります。米国では、Computer Forensics の学位を出す大学がUniversity of New Mexico など16大学あると聞いていますが、日本ではそうなりそうにありません。個人的には長期的な視座も持ちながら、まずは、CySecのDFをより良いものにする努力を続けていきたいと考えています。
以上

【著作権は、佐々木氏に属します】