第853号コラム:松本 隆 理事(株式会社ディー・エヌ・エー IT本部 セキュリティ部 サイバーアナリスト)
題:「詐欺師はあなたを見ている 」

先日、知人のイラストレーター(仮にAさんとする)に詐欺の相談を受けた。相談された内容はおよそ以下のとおりだ。なお特定を防ぐために、内容を一般化している。

実はNFT関連のトラブルに巻き込まれて困っている。Aさんは、pixivのような作品コミュニケーションサービスでも作品を発表しているのだが、ある日メッセージで直接、あなたの素晴らしいイラストをNFTとして購入したいというオファーがあった。Aさんは作品が評価されたことがうれしく、またオファーされた金額も申し分ないものだったので快諾した。AさんにはNFTに関する知識がなかったが、相手にそのことを伝えると、NFT周りの手続きをサポートするので、指示通りに作業してほしいと言ってきた。Aさんは相手から送られてきたURLをクリックして海外のNFTマーケットプレイスでアカウントを作成し、MetaMask(※1)のウォレットを作成し、作品をマーケットプレイスにアップロードし作品を公開した。相手は約束通りの金額でAさんが出品したNFTを購入し、Aさんは多額の収入を得ることができた。
ところが、Aさんが販売したNFTの代金として得たETH(暗号資産イーサリアム)を、マーケットプレイスから自ら管理するMetaMaskのウォレットに出金しようとすると、プラットフォームのサポートを名乗る相手から連絡があり、マーケットプレイスからAさんの管理するウォレットに出金するためには、まず販売価格の8%の手数料とウォレット登録料を振り込む必要であると説明された。AさんはMetaMaskで指定された額のETHを購入し、サポートから指定された口座に、購入したETHを振り込んだ。しかし先方が指定する手数料と登録料を振り込んだにも関わらず、一向に出金される気配がない。そこでサポートに問い合わせると、現在システムの不具合で出金対応できない、急ぎの出金には人間が張り付いて対応する必要があるため、追加で10%の手数料が必要だと言われた。ここでAさんは怪しいと気付き、私に相談した…

そこまで話を聞いた私は一言「詐欺なので、絶対にそれ以上払ってはいけません」と伝えた。

この手の詐欺のやり口は、枚挙にいとまがない。NFT購入の新しい手口のように見えるが、実はこれまでさんざん報道されていた暗号資産の投資詐欺と全く同じ手法で被害者から暗号資産を巻き上げている。いわゆる「利益が出ているのに出金できない」「出金するための手数料を騙し取られる」パターンだ。
Aさんにアドバイスをするとしたら、

①可能な限り見知らぬ相手からの直接のオファーを避ける(取り合わない)
②オファーを受ける場合は相手の素性や身元を確かめる。素性が分からない相手とは取引しない
③NFTを直接取引しようと持ち掛けてくる、または相手が怪しいプラットフォームを指定してきたら断る
④取引は信頼できるマーケットプレイスでのみ行う
の4点だろう。

ここまで読んだ読者の皆さんは”なぜこんなあからさまな詐欺にひっかかるのか分からない”と思うかもしれない。しかし、この手の詐欺師の巧妙なところは詐欺のスキームではなく、被害者の専門性や興味・関心に沿った提案をしてくるところだ。例えば皆さんに、あなたの強みを伸ばせるような魅力的な転職のオファーが来たらどうだろうか。海外の企業から共同研究のオファーがあれば話くらいは聞く気になるのではないだろうか。ネットを検索すると以下のような詐欺事例があった。

「ナレーターを生業としている方の元に、海外のメディアを名乗る男から次のような提案があった。先方で用意する日本語原稿にそって、映像に日本語でナレーションを入れて収録したデータを送ってほしい、と。ナレーターの方は簡易なものではあるが相手と契約書も交わし、メディアのホームページも確認したうえで信用してデータを収録、送信した。すると、”支払いをするためには先方の指定するプラットフォームに登録してデポジットを払わないといけない””後で返金されるので一度サブスクに登録しないといけない”等、要求はどんどんエスカレーションしていき、その方は100万円の報酬のために200万円以上払わされそうになった」(※2)

Aさんも自分の専門領域であるイラストに対するNFT購入オファーだったこともあり、つい話に乗ってしまった可能性はある。皆さんもご注意を。詐欺師はあなたを見ています。

(※1) MetaMaskとはEthereum系ブロックチェーンの通貨やNFT(非代替性トークン)を一括で補完・管理できるソフトウェアウォレットのこと。MetaMaskはブロックチェーンを基盤にしたNFTマーケットプレイスやブロックチェーンゲームなどの様々なサービスとの連携に対応している
(※2) ネットに公開されていた詐欺事例をもとに筆者が一般化したもの 

【著作権は、松本氏に属します】