コラム第885号:「創薬エコシステム」

第885号コラム:守本 正宏 理事(株式会社FRONTEO 代表取締役社長)
題:創薬エコシステム

かつて日本は新薬創出大国でしたが、医薬産業政策研究所が発表した「世界売上高上位医薬品の創出企業の国籍 -2022年の動向-」という調査報告によると、日本は2008年時点で米国に次ぐ数の医薬品を開発していました。しかし、2022年には世界6位まで順位を落とし、新型コロナウイルス感染症の流行時には、ワクチンや治療薬の開発で他国に後れを取りました。
その要因は、近年劇的に変化している創薬環境にあります。海外では、創薬スタートアップが医薬品を開発する例が増えています。一方、我が国においても、バイオベンチャー、大学等の研究室、製薬企業が協力し合い、日夜、新薬の創出に力を注いでいます。しかしながら、現時点では、日本の創薬力が向上したとは言えません。
2020年4月から2023年度末までにAMED(日本医療研究開発機構)が支援した研究のうち、製薬企業などによる開発に至った件数は約430件ありましたが、このうち新薬にまでこぎつけたのは5件にとどまっています。
さらに、肝心の医療研究成果の産業化への貢献もかんばしくありません。日本製薬工業協会 医薬産業政策研究所の資料によると、世界の医薬品売上高上位100品目のうち、売上高に占める日本発の割合は、2018年には8%だったのが、2023年には4.8%にまで下がりました。
また、我が国の医薬品・医療機器の貿易赤字額も拡大傾向にあり、財務省の資料によると、2020年に2.4兆円だった輸入超過は、2024年には3.6兆円に膨らんでいます。
日本の創薬エコシステムには、資金を提供するVCや大企業・政府、研究開発を担う大学等のアカデミアや企業に加え、事業を創出・発展させるビジネスのエキスパートや、創薬の科学的・事業的エキスパートが必要です。これらの人材・構造は、米国と比べても引けを取らないでしょう。
それでは、何が足りないのでしょうか。
産業化への貢献が低い理由の一つとして、予算規模の小ささが挙げられます。米国立衛生研究所(NIH)の年間予算は約480億ドル(約7兆円)にも達しており、AMEDの予算規模とは桁違いです。日本の創薬スタートアップへの年間投資額は約2億ドルで、米国のわずか1%程度にとどまっています。
成功確率が極端に低い創薬の現場では、1つの薬を生み出すために多数の候補プロジェクトを同時に走らせる必要がありますが、それには莫大な予算が必要です。したがって、日本が米国と同様の取り組みを行うのは、現実的にはほぼ不可能です。そうであるならば、資金以外の部分で補う必要があります。
私が考えるに、現在の日本の創薬エコシステムで不足しているのは、技術力や薬のタネ(シーズ)に対する「目利き力」です。現在は、アカデミアの先生方が判断を下すことが多いのですが、それだけでは適切な評価が難しいと考えます。その理由は、初期段階ではデータが少なく、既存のデータベースだけで判断するには限界があるからです。また、新規性の高いプロジェクトでは、判断する側も経験がないため、確信を持って評価することが困難です。
評価項目としては、新規性、有効性、安全性、対象となる患者情報、社会的ニーズ、疾患発生のメカニズムと疾患が治癒するメカニズムなどが挙げられます。そして、これらは正しく評価されなければなりません。これらの評価項目は、まさに医薬品開発の「設計図」に相当するものであり、この設計図を科学的かつ効率的に策定するためのイノベーションが求められています。
創薬に関する新規プロジェクトの革新的な評価方法の確立こそが、予算規模の大小に左右されない我が国のエコシステム構築につながり、日本の創薬力を強化する鍵となるでしょう。
創薬力の強化は、我が国が再び「創薬の地」となることを意味し、他国に頼らず、むしろ他国から頼られる日本となることで、経済安全保障の強化にもつながるはずです。

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