第12号コラム:佐々木 良一 理事(東京電機大学 未来科学部 情報メディア学科 教授)
題:「デジタル・フォレンジックと研究」

 

私は、情報セキュリティやネットワーク管理システム、高信頼化技術などの研究に40年近く携わってきました。非常に楽しく有意義に過ごせたと思っており、もう一度生まれ変わってもやはり研究者になりたいと思っています。したがって学生に次のような言葉を贈ったことがあります。
「技術を学ぶ楽しさ、
それは先人の知を継承する喜び。
研究をする楽しさ、
それは知を創造し未来へ引き継ぐ喜び。
技術者であること。
それはOnly Oneであり、そしてNumber Oneへと続く道。」

 

私は、研究テーマを新しく選ぶ際に、技術の直接的延長でテーマを決めるのではなく、将来世の中がどうなるか、だとしたら自分の技術の周辺で何が真に必要になるかということで研究テーマを選ぶようにしてきました。デジタル・フォレンジックを研究テーマとして選定したのもそのようなやり方からでした。コンピュータ・フォレンジックやフォレンジックコンピューティング、デジタル・フォレンジックという言葉を聞き始めたのは私が日立製作所から大学に移った2001年ごろだったでしょうか。弁護士の方との付き合いがいろいろあったので技術者としては比較的早くこのような分野があることを知ったのかもしれません。

 

このような研究テーマの候補に出会うことは多いのですが、ちょっと検討してそのままになるものも少なくありません。デジタル・フォレンジックの場合は少し検討してやはり力を入れてやることに決めました。弁護士の数が増えそれに伴い訴訟が増えるとともに、書類のデジタル化が進展すればデジタル・フォレンジックが必要にならないはずが無いと考えたからです。デジタル・フォレンジックは広義のセキュリティ技術に含まれるものだと思いますが、必要な技術はだいぶ違います。技術の直接的延長でテーマを決めていれば、デジタル・フォレンジックの研究をやることはなかったかもしれません。

 

最初の1-2年は私が片手間で調査をし、検討を行うぐらいでしたが、現在では10人近い学生が、デジタル・フォレンジックに関連し色々な方向から研究を行うようになって来ました。このように、研究が比較的うまく立ち上がった背景には、JST 殿の資金面でのご支援をえて2004 年度よりスタートしたデジタル・フォレンジックに関するミシシッピー州立大学との共同研究があると思います。これにより、未来工学研究所の舟橋さん、弁護士の高橋さん、千葉大の石井先生、京大の上原先生(いずれもデジタル・フォレンジック研究会の理事)と一緒に仕事をすることになると共に、米国の大学や企業から色々貴重な情報が入ってくるようになりました。この縁でIFIP(国際情報処理連合) WG11.9 主催のICDF2008(International Conference on Digital Forensics 2008 )を、私がGeneral Chair になり日本で実施することになりました。この会議は2008 年1月28 日―1 月30 日に京都で開催され上原実行委員長などの活躍により好評のうちに終了することができました。この会議には、日本からも10件以上の投稿がありました。デジタル・フォレンジックを扱う研究者も少しずつですが増えてきています。

 

 

私たちの研究室での実施研究のうち、「デジタルデータ証拠保全プラットフォーム『Dig-Forceシリーズ』の開発」や、「開示情報の墨塗りと証拠性確保を両立するe-Discoveryシステムの開発」などは、国際学会での発表や、論文誌への論文の採録も増えてきています。また、前者については、CSS2007の学生論文賞や、DICOMO2008の優秀プレゼンテーション賞なども受賞しており、技術的には比較的高い評価を受けています。

 

しかし、私は企業出身ですので、これだけではうれしくないのです。何とかこれらの技術を実用化したいと考えています。私の研究のスタイルが「将来の社会変化に対応した技術開発」ですので製品化、実用化まで時間がかかることが少なくありません。ネットワーク管理システムのように、研究所が2年ぐらい先行し、工場と共同で製品化を行ったような効率のいいものもあれば、暗号技術のように実用化まで10年近くかかったものもあります。当時は良いものであれば工場が作ってくれたので実用化をどうするかと迷うことはなかったのですが、大学に移り、このあたりをどうすべきかいろいろ頭を悩ましているところです。そんなこともあって、デジタル・フォレンジック研究会の医療分科会でデモシステムを見てもらったり、色々な企業と打ち合わせをしたりしています。企業に大きなリスクを負わせすぎるのも問題だと考え、大学と企業の橋渡しのため、公的資金を使わしていただくというのも検討を始めたところです。

 

還暦を超え、大学で過ごすのも後10 年になりました。最近、「少年老易く学成りがたし」というのをしみじみ感じます。そんな思いから、日本セキュリティ・マネジメント学会の中に「IT リスク学」研究会を立ち上げました。また、「IT リスクの考え方」という本を岩波新書として8月20日に出すことになっています。なんとか新しい学問分野の立上げに貢献できればと思っています。同時に、デジタル・フォレンジックに関する製品化・実用化を何とか実現したいと考えています。