第15号コラム:守本 正宏 理事(株式会社UBIC 代表取締役社長)
題:「グローバル化に対応したデジタル・フォレンジック」

会員企業である株式会社UBICは2007年の12月に米国子会社UBIC North America, Inc.を設立いたしました。私は米国子会社のCEOとして現在は2-3ヶ月に一度は米国に出張し、ワシントンDC、ニューヨーク、シカゴ、ボストン、サンフランシスコ、ロサンゼルス等にある米国法律事務所を訪問し、日本企業関連の訴訟の打ち合わせを行っています。地球の反対側のオフィスで日本人は我々だけという状態で外国人弁護士と米国のディスカバリ技術者とが日本企業の訴訟に関しての打ち合わせを進めていくのです。不思議な感覚になります。
そういう状況において最近私はデジタル・フォレンジックのことを考えるとき、IT社会、法的対応能力などに加えてグローバル化が非常に重要なキーワードであると思うようになってきました。

グローバル化という言葉の意味を理解するには“国際化”という言葉と比較したほうがいいようです。“国際化”とは国境が依然と存在しているという状況のなかでの主権国家間のつながりの中に生まれる概念だそうです。それに比較してグローバル化は世界を一つのシステムとすることから出てくる概念になるそうです。言い換えれば世界の単一化、地球規模化などとなるのでしょう。このように二つの言葉を比較するとグローバル化の概念が私なりによく理解できるようになりました。

インターネットをはじめとする通信能力の向上や航空路線などの移動能力の向上、外国語能力の向上などはどちらかというと国際化という概念に近いのかなとも考えます。そう考えると、国際化が地球を一つのシステムとするグローバル化を促進しているといえるでしょう。

そのグローバル化とは、地球の反対側で起こっていることがダイレクトに影響してくるということであり、ある国のある産業に対する多額の助成金が、別の国の産業に大打撃を与えてしまうこともグローバル化の影響の一つであるといえます。

このようにグローバル化はダボス会議でも取り上げられる重要な話題の一つになっており、グローバル化による私たちの社会に与える影響は恩恵と被害も含め非常に大きなものとなっています。

グローバル化の波は訴訟制度にも影響してきています。米国をはじめとした欧米では高度な訴訟社会であるのに対し日本では訴訟そのものが日本人の感情・文化にそぐわない、といった理由からなのか、関わることや知ること自体を敬遠しがちです。しかし、国内の市場のキャパシティから大企業は世界中に進出せざるを得ない状況です。海外に進出している日本企業は否が応でも訴訟社会の真只中にさらされています。そのため、あらゆる訴訟手続に対応できる能力が必要不可欠になってきています。もはや日本だけが訴訟社会の鎖国を続けるわけにはいかないのです。

新聞の紙面においても海外の企業との特許侵害訴訟や国際カルテル問題などが大きく取り上げられることもしばしばあります。海外でビジネスを展開していくためには訴訟をはじめとする法的対応を避けては通れないのです。日本企業は米国の民事訴訟手続きであるディスカバリに対応しなければならなくなっています。また世界各国の公正取引委員会も協調して反トラスト対応をしています。調査対象企業は証拠開示しなければなりません。

グローバル化による影響は株式市場にも影響を与え、会計基準の統一化と適切な開示の仕組みを構築するための法律が制定されました。米国のSOX法は日本にも影響を与え、金融商品取引法に財務報告に関する内部統制システムの構築と実施の義務に関して明示され、J-SOXなどと呼ばれるにいたっています。内部統制を正常に機能させるためには法制度に加えて不正調査技術が重要な要素になってきています。世界各国の証券監視委員会は協調して監視及び調査をしています。やはりここでも調査対象企業は証拠の開示に迫られます。

国境を越えて展開されるサイバー犯罪に対応する世界初の包括的な国際条約であるサイバー犯罪条約においては、各国が捜査協力し、取り扱う証拠の授受が発生します。

今あげたいくつかの例で共通しているのは、各国の文化や慣習・法律だけを遵守していれば責任を果たせるというものではなく、国際基準の法令規則に対応しながら、しかもいざというときは厳正な証拠開示が求められるということです。

そしてグローバル化とともにやはりIT化が重要なキーワードになります。現代は高度に発達した情報化社会であり、ITは必要不可欠になり、その結果今や企業の情報の95%以上は電子化されています。訴訟や不正調査において電子情報を取り扱う機会はますます増えてきています。ところが電子情報は紙情報に比較して情報量は膨大になり、その取り扱いは非常に複雑になってきています。電子情報を証拠として取り扱う専門技術が必要です。

欧米でも特に米国では電子証拠が前述したさまざまな場面で取り扱われており、もはやその対応ができなくては国際社会では生き残っていけないのです。

ちなみに弊社が対応した昨年度の国際訴訟は約50件、不正調査は約100件にのぼりました。国際訴訟のうち、半分は特許侵害訴訟で、30%はカルテル案件でした。10%はPL訴訟、残り10%がSEC案件です。しかし、実際米国で電子証拠開示が必要になった日本企業の案件は昨年1年間で約400件以上あったと弊社では推定しています。このことは350件の訴訟では日本企業の重要な電子データが米国にわたり米国のディスカバリ企業により解析されているということを意味します。その状況は私などが普通に考えて主権国家の代表的企業の対応方法としては正常ではないと思います。

とにかく、グローバル化によりもはや世界で起こっている訴訟や各機関の調査に対応するための証拠開示は、たとえ訴訟社会ではないと言い張っているわが国の企業でも無視はできません。グローバル化した社会で生きていくためには対応せざるを得ないのです。そしてその中で最も重要な技術の一つがデジタル・フォレンジック技術です。どの案件もデジタル・フォレンジックの知識や技術がなくては対応が困難です。しかも対応が難しいどころか、その未熟な電子証拠の取扱により制裁の対象になることもあるのです。

いまや、デジタル・フォレンジック研究会の役割は非常に高まっています。民間企業のみならず、警察はもちろん、公正取引委員会、証券取引等監視委員会も各国の機関と対等にデジタル・フォレンジックに対応できる能力を持たなければなりません。もしできなければ、グローバル化の波を日本だけが止めることはできないでしょうから、日本の証拠開示はすべて外国企業が行うことになるでしょう。

今年のデジタル・フォレンジック・コミュニティではグローバル化という視点からデジタル・フォレンジックの活用事例を紹介し、早急に体制整備の必要性を提言していきたいと考えています。そしてNPOデジタル・フォレンジック研究会は営利目的ではなく、デジタル・フォレンジックをわが国に正しく普及することによって公共の利益を追求しているわが国で唯一の団体だと言えます。私も微力ではありますがデジタル・フォレンジック研究会の活動を通じ、わが国におけるグローバル化に対応できるデジタル・フォレンジックの普及にできる限り尽力していきたいと考えています。