第44号コラム:西川 徹矢 氏(明治安田生命保険相互会社)
題:「多種多様な分野からの参入を」
先般、知人の法律事務所でベイシステクノロジー社の創設者カール・ホフマン氏と面談する機会を得た。正に世界的レベルで自然言語処理ソフトウェアのトップ企業を率いていると言いうる人物である。
同氏から、同社の製品が、検索に際しての多言語間の変換速度・効率についていかに素晴らしい機能を有しているかを、デモをまじえて聞くことができた。インテリジェンスや捜査情報分野におけるデータ検索の在り方やシステムの構築などが話題になったが、話はオリジナリティのあるものを生み出した人にしか語ることのできない示唆に富む内容で、言語処理と検索機能との在り方などがどうあるべきかなど興味尽きないものであった。
話題も弾んで偶々デジタル・フォレンジックに及んだところ、同社でも、最近、事業枠を拡げて、デジタル・フォレンジックの分野に本格的に参入しているとのことであった。(後日手許の資料を調べてみると、昨年フォレンジックのイベント会場かどこかで同社の方と名刺を交換していた。)
デジタル・フォレンジックは、ご案内どおり、しばしば「デジタル鑑識」と言われ、先ずは、故意か否かにかかわらず膨大なデータの中に埋もれた、真に価値の高い証拠をできるだけ多く発見、収集することが肝要であるとされるところであるが、同社のような、検索を得意とするグループのアプローチからどのような光明がもたらされるのか、期待と興味のそそられるところである。
小生の経験によると、新しい事態に対処する技術や装備を新たに開発しようとする時には、各開発を委ねられたグループはそれぞれの得意技をベースにしたものの開発にこだわったり、あるいはその呪縛から逃れられないままに開発に取り組もうとするものである。したがって、真に斬新な技術や装備を作ろうと思うならば、発想を転換して、意識的に、当初から門戸を広く開けて、各般の分野から多才な得意技を持つ人材やグループの参加を促し、その持ち味を活かした斬新なものを開発するよう仕向けることも有力、有効な一手段となる。
デジタル・フォレンジックも分野そのものがまだ新しく、未開の部分の多い分野である。そのため、その手法や技術の開発にあたっては、平生からできるだけ多種多様な人材やグループの参入、取り込みを図るようにするのも極めて有力、有効な方法であり、関係機関や企業の運営にあっても、係る視点からの取組を含め検討されるとともに、その実現のため十二分なサポートをすることが必要であると考える。
ところで、小生も執筆者に名を連ねているが、本年に入って、東京法令出版から「警察の進路--21世紀の警察を考える」という大部な本が出た。その中で、「デジタル社会の警察」というタイトルの下に、デジタル・フォレンジックを、犯罪の立証のための電磁記録の解析技術及びその手続と定義したうえで、まだ、現在の我が国の警察にあっては、「サイバー犯罪捜査に係る高度な技術的事項の一分野」と捉えているとし、むしろ、「デジタル・フォレンジックは、サイバー犯罪捜査に限定されるものではなく、これを独立した法科学として位置付けて対応して行くことが必要であろう」と方向付けをしている。IT技術が現代社会の基幹部門でますます重要な機能を果たすことが予想されることを考慮すると、この指摘は、正に正鵠を得ているものと考える。
更に、同書は、デジタル・フォレンジックは、「鑑識と同様、公判での証拠化を前提とした活動であるため、学問的なアプローチが要求されるとともに、刑事手続面での手当も不可欠である」とし、刑事手続に限ってではあるが、「これまで以上に国際的な調和を図っていくことが必要であり、我が国においても学問、刑事手続の面でデジタル・フォレンジックを早急に確立する必要があろう」としている。現場のニーズを抱え、技術・法制両面でリーディンググループとして一角を担い得る警察分野が、かかる方面から、大いなる飛躍を遂げられることを強く希うものである。
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いずれのセクター、分野からであろうとも、その特技を活用して、デジタル・フォレンジックの最先端に果敢にチャレンジしていただきたい。先端技術を切り拓くこのようなエネルギーが、我が国の官民デジタル・フォレンジックの世界を奮い立たせ、新たな境地に躍進させることができると信じている。