第43号コラム:舟橋 信 氏(財団法人未来工学研究所)
題:「危機管理と個人情報保護」

 本日のコラムは、「危機管理と個人情報保護」について、その中でも、個人情報保護が問題となる災害時要援護者に係わる情報共有に関するお話です。

 「災害時要援護者の避難支援ガイドライン」(内閣府、2006年3月、p2)によれば、災害時要援護者(以下、「要援護者」と表記します。)とは、一般的には重度の要介護者、身体障害者、独居高齢者、乳幼児、妊婦、外国人などの各種災害から身を守るために自ら避難行動をすることが著しく困難で、支援を要する人々を指しており、各自治体が対象者を定めることとなっております。

 1995年1月の阪神・淡路大震災の際に、要援護者の安否確認や避難が問題として顕在化しました。当時は、自治体の福祉担当職員が、震災対応に追われ、要援護者の安否確認や状況把握等が困難であったこと、また、要援護者にとって、避難所生活は、相当な困難がともなったことなどの課題が浮き彫りとなりました。
 阪神・淡路大震災の教訓を基に、一部の自治体では、対応方策が作成されましたが、政府の動きは遅く、2004年の日本海側における水害の際にも要援護者の避難が問題となったことから、漸く2006年に上記のガイドラインがまとめられたところです。
 政府のガイドラインにおいて、情報共有方式として次の3方式が挙げられております。個人情報保護条例との関係については、関係機関共有方式として示されており、これによる情報共有が推奨されているところです。

◎関係機関共有方式:自治体の個人情報保護条例において保有個人情報の目的外利用・第三者提供が可能とされている規定を活用して、要援護者本人から同意を得ずに、関係機関等の間で共有する方式。
◎手上げ方式:要援護者登録制度の創設について広報・周知した後、自ら要援護者名簿等への登録を希望した者の情報を収集する方式。
◎同意方式:自治体の関係部局、自主防災組織、福祉関係者等が要援護者本人に直接働きかけ、必要な情報を収集する方式。

 発災直後の要援護者の避難行動を支えるためには、自治体内部において要援護者に関する情報を保有する福祉部門と危機管理部門との間の連携と情報共有が求められております。また、被災現場においては、人員に限りがある自治体、消防、警察などによる公助はほとんど期待できないことから、地域の自主防災組織や福祉関係者よる避難支援が必要となります。
 このため、自治体、自主防災組織、福祉団体おいて、要援護者に係わる情報を共有することが喫緊の課題となっております。

 昨年3月に全国の市役所にアンケート調査を行いましたところ、27.8%の市役所(回答数454、回収率57.9%)が、何らかの意味で要援護者に係わる情報共有を行っておりました。阪神・淡路大震災から14年が経過しましたが、要援護者の問題に関しては、行政サイドの対応が進展していないのが実情です。

 関東弁護士会連合会が2006年6月に、関東地域の全自治体に実施したアンケート調査(「大規模災害に備える」2006年度関東弁護士会連合会シンポジウム資料、p66)によれば、要援護者情報の共有を困難にしている理由として、「個人情報保護法上の問題がクリアーできない」への回答件数が最も多く、次いで「プライバシーの保護が図れない」が挙げられておりました。
 一方、昨年3月に個人に実施したアンケート調査結果では、「情報共有を積極的に実施して欲しい」が32.1%、「情報共有することは止むを得ない」が32.1%、「情報共有する関係者を可能な限り限定して共有して欲しい」が18.3%、「共有することを望まない」が10.4%、「分からない」が7.1%(回答数252人、回収率42.2%)となりました。82.5%の回答者が情報共有を希望する結果となりました。

 アンケート調査の結果をみると、大半の個人は、個人情報漏えいの不安を抱えながらも、要援護者情報が関係機関に共有され、避難時の支援を得ることを望んでいることを示しております。
 自治体は、災害時の要援護者への対応の必要性を認識しながらも、情報漏えいを危惧するなど、今一つ自主防災組織などの関係者に対する信頼が持てない様子が伺えます。
 要援護者情報の共有に当たっては、共有する情報の件数を少なくし、漏えいした時の影響を極力少なくすることや、関係者に対する情報セキュリティ教育・倫理教育を実施するとともに、信頼関係を構築する方策を講じるなど、信頼関係を構築する努力が必要なのではと思う次第です。