第85号コラム:池上 成朝 幹事(株式会社UBIC フォレンジック事業部 上級分析官)
表題:「国際競争とデジタル・フォレンジック」

前回まで米国におけるフォレンジック・ディスカバリに関して2回に渡り記述をしてきましたが、今回はアジアまでテーマを広げ、国際競争の中でどのようにデジタル・フォレンジック技術が活用されているかを考えてみます

既知の通り米国には多くの企業が進出し、その多くは母国で製品を開発製造し、米国へ輸出を行っています。しかし様々な国の製品が米国へ輸出され、消費される中でどうしても非常に似ている製品が販売され、製品のアイデアや技術が実はある企業の開発者から流出したのではないか、販売されている製品から模倣されたのではないかとの議論が発生します。企業は米国政府機関に模倣をしている企業の製品の輸入差し止めを申請することが出来ます。現在非常に高度な製品がアジア各国から販売されていますので、当然アジア企業同士でどちらが模倣したのかという議論が続くことになります。

数十年前までは日本が技術革新の面で先んじていましたが、昨今国際化の中で、アジア諸国技術者の努力や人材交流の中で非常に短い間に同レベルの製品が各国で製造されるようになりました。国際競争が米国市場において激化した当初から、いくつかの企業は人材流出に伴う情報漏えいの調査でデジタル・フォレンジックを活用してきました。内容は主に行動の確認や、情報の持ちさり、流出先で働く元同僚との通信が主でした。物理的な情報調査や背後調査からデジタル調査が加わった瞬間でした。デジタル・フォレンジックにより次々と技術流出の証拠が浮かび上がって行きました。技術者を送り込み、数年後サーバーにアクセスし大量の技術情報を一度にメモリデバイスにコピーし国外に持ち去る一部始終がPCの中にタイムスタンプと共に残っていました。企業や法執行機関、国内の調査専門家の技術交流や向上が一気に進化したきっかけもこの様なしのぎを削るアジア企業同士の情報流出をめぐる深い調査でした。しかしこの様な深い調査の結果得られた明らかな証拠をもっても流出先企業に対して、情報の不正利用を中止させることは至難の業でした。

そこで各企業が同時に力を注ぎ出した手法が世界最大の米国市場での販売権奪取でした。誰が技術を正当に開発し使用しているのかの判断の元は特許でした。アジア企業の年間特許登録数は非常に多く、年間登録数ランキングトップ35の半数はアジア企業になっています。特許権利範囲に関しては非常に微妙なものもあり、故意侵害ではないかとの調査が日々多く発生します。この調査が非常に短い期間で終了する必要がある為、早く正確にお互いの証拠を提出する必要が出て来ます。デジタル・フォレンジックはこの部分で活用されています。肉眼で全ての重要証拠を短時間で捜し出すことが出来ない為、消去ファイルまで復元させた後、高度な多言語検索をかけた後そのまま調査委員会に証拠を引き渡す例も多く発生しました。この様な調査の中で先のコラムで説明した電子メール解析技術や重複外し技術が進化していきました。また企業のIT技術者、情報セキュリティ担当者、知的財産部の担当者がデジタル・フォレンジック技術を取得していきました。印象深い案件としては技術者出身の東証一部企業重役がデジタル・フォレンジックツールの使い方を完全に学び取り高度な検索を掛けて証拠提出を我々と一緒に行った事例がありました。

この様な国際競争の中でもアジア企業同士が調整をして製品価格を操作しているのではないかとのカルテル調査が昨今多く発生し、ここでもデジタル・フォレンジックが多く用いられることとなりました。政府機関の調査の後には数多くの民事訴訟が発生する為、繰り返し同じ証拠データが調査され、調査結果をデータベースとして保存し、場合によっては別の民事訴訟担当代理人に開示する為の企業用ツールも多く出現してきました。企業法務担当者は事実をいち早く把握するため、営業・マーケティング担当者の電子メールなどを独自で調査する事が増えて来ました。漏えい調査から増えてきた企業内デジタル・フォレンジック活用部署がついに法務部まで広がった瞬間です。コンプライアンス部署も同時に調査に加わる為、以前は情報セキュリティ部署が主役だったデジタル・フォレンジックは今では企業の管理本部中枢で多く使われることとなりました。技術の進化、使いやすさの大幅な改善によって今では、最も基本である、証拠継続性の議論やデジタル・フォレンジック基礎技術がツールの使用者によって議論されることは少なくなりましたが、判断が非常にシビアな調査・訴訟に関してはデジタル・フォレンジックに立ち戻り証拠保全手法から検証し直すことも度々発生しています。

情報漏えいから、カルテル調査までを短く記述してきましたが、国際競争がデジタル・フォレンジックを進化させる1つの重要な役割を果たしていることが分かってきました。これから先10年間で国際間の人の移動、交流は爆発的に増大します。それに伴い国際競争はより激化し、それを審判すべきデジタル・フォレンジック専門家の技術向上、国際的に活躍できる専門家の育成に取り組む事は我々の重要な任務の一つとなってきています。

 

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