86号コラム:町村 泰貴 理事(北海道大学大学院 法学研究科 教授)
題:「アメリカ民事訴訟における電子証拠の保全と開示」

アメリカの民事訴訟ルールでは、e-Discovery、すなわち電子証拠を対象とする証拠開示制度が明文化された。これによって訴訟上にデジタルデータが証拠として提出される場合のルールが明確化され、特に紛争が生じてからの改ざんが禁止されたり、相手方当事者に開示するデータの形式や範囲をめぐる協議が必要となったり、デジタルデータの改ざんという紛争の予防が図られている。

最近の日本の裁判例でも、デジタル録音されたデータが改ざんされたものかどうかが正面から争われた事例がある。東京高裁平成21年3月27日の判決で、判例タイムズ1308号283頁に掲載された事件だ。

事案は、著名な政治家が元所属先の政党と仲違いをしたため、著名政治家の所有する政党の秘密事項を記した手帳などの記録を政党側にとりもどすべく、政党幹部達が著名政治家の自宅を訪問し、手帳等の引渡しを受けたという出来事に関連する名誉毀損事件である。

著名政治家は、幹部達が著名政治家の自宅で家捜しをして無理矢理持ち去ったという趣旨の手記を週刊誌に掲載した。そこで政党幹部達が名誉毀損だといって訴え、著名政治家の自宅を訪問した際の音声録音データを証拠として提出したのである。ところが著名政治家側は、その音声録音は改ざんされているもので、家捜しや手帳の提出を強要する発言部分が削除されているが、デジタルデータの特性上、削除が痕跡を残さないのだから、結局デジタル音声データに証拠価値はないと争った。

裁判所は、音声データの原本として、最初に録音をしたICレコーダの記憶媒体(メモリスティック)の提出を促したが、政党幹部達の側では最初の録音媒体からはデータを削除しているとして応じなかったものであり、数次にわたる複製を繰り返した音声データのみを提出したというのである。これでは裁判所が改ざんの有無を判断することはできず、かえって録音内容が不自然だということで、削除等の加工をされたものと認められると判断されてしまった。

こうした争いは、この事件だけでなく、それ以前にもある。先物取引被害を受けた者と先物取引業者との間で注文の有無が争われ、音声データが提出されたという事例で、やはり改ざんされたかどうかが争われ、決め手がないので音声内容から判断されたというものである。

デジタルデータは、改ざんしても痕跡が残らないというのは、デジタル・フォレンジック技術を駆使するならば、半分は正しく、半分は間違っている。特定のコンピュータの内蔵ディスクに記録されたデータであれば、当該コンピュータのレジストリ領域などに編集痕跡が残るし、編集前のデータが保存されていることもあり得るし、バックアップデータから編集前のデータを復元することも可能である。しかし上記の事件のように数次にわたる複製を経たデータしかないのであれば、データ自体になんらかのメタデータが含まれているのでなければ、改ざんされたかどうかの判定は不可能となる。

そこで、デジタルデータを証拠として用いるのであれば、それが改ざんされていないことを確実にしておく必要があるし、そのための手順を標準化しておく必要がある。そのためのヒントは、アメリカ民事訴訟における電子証拠の取り扱いルールにあろう。

デジタル・フォレンジック研究会の監修により、アメリカ民事訴訟におけe-Discoveryの現状について紹介する書籍も制作中である。2010年早々にも発行されることだろう。これを参考にして日本の民事訴訟における電子証拠の取り扱いについても、どのようなルールが必要か、また適切か、議論が深まることが期待される。

 

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