第151号コラム: 上原 哲太郎 理事(京都大学 学術情報メディアセンター 准教授、
                                          IDF「技術」分科会主査)
題:「自治体におけるデータバックアップとフォレンジック」

東日本大震災で被災された皆様に心よりお見舞いを申し上げます。阪神淡路大震災での被災者の一人として、あの時のご恩をお返しする時だと考え、自分に今できることをずっと自答し続ける日々を過ごしています。

今回の震災では、特に三陸沿岸部の大きな津波被害が問題となりました。この影響で、いくつかの自治体では自治体機能そのものが大きな打撃を受けています。阪神淡路大震災では情報の混乱、物資流通の混乱により救援活動の初動に課題を残したという反省から、災害時には各基礎自治体が情報と物資流通を整理する役割を果たすような体制が組まれていましたが、その機能が完全に失われるという事態は特に初期の救援体制に大きな影響を及ぼしたと思われます。特に、現在の自治体業務は電算化が進んでいますので、情報システムの喪失は自治体の機能停止を意味します。中でも、住民基本台帳システムは多くの自治体情報システムが参照する中核的役割を果たしていますから、これの喪失は自治体機能の再建への大きな障害となってしまいます。

例えば特に被害が大きかった宮城県南三陸町では、住民基本台帳や戸籍を含む情報システムを全て喪失したことが報じられています。特に戸籍は、電算化前の原簿も流失した上、副本を保管していた法務局気仙沼支局もシステムが冠水しました。このままいくと、戦後初の戸籍滅失事故という事態に陥る危険がありましたが、幸い気仙沼支局3階の耐火金庫内に保管されていた副本の原簿と、今年はじめまでの届出書の複製が見つかり、ほとんどが復元できることが明らかになりました。住民基本台帳も、仙台市内の業者に業務委託した際のデータの複製がみつかり(業者に複製が存在したこと自体の是非はまた問われますが)、ほとんどが復元できるメドが立っているそうです。ただ、これらを完全に立て直し、自治体機能を本格的に復元するためには長い時間と費用が必要でしょう。

今回の震災で情報システムに被害を受けた各組織では、システムの復旧にあたってデジタル・フォレンジックの基本技術の一つ、「ハードディスク内のデータの復元技術」が活躍したようです。私のところにも、いくつかの自治体やその業務を受託した企業からお問い合わせを頂き、適宜ご相談に乗りました。さすがに津波にさらわれたサーバでは、物理的な損傷が大きく技術的にもコスト的にも困難がありますが、振動や落下等の簡単な物理的損傷では比較的低コストで復元できる場合も多かったと思われます。これを期に、この技術分野のプレゼンスが少しでも上がることを期待します。

災害に強く、被害後も速やかに復元できる自治体情報システムを目指して、今後は重要なデータやシステムの保護体制が課題になります。ただ、この議論を進めるには住基ネット稼働時の議論が大きな影を落としています。その後の住基データ等の流出事故が業務委託先からであったことも合わせ、各自治体では機微な情報を外部に預けることに対して厳しい意見があります。電子自治体による業務の効率化と事故耐性、コストダウンを全て満たすには、クラウド技術の導入によりシステムの外部委託と共通化・共同化をすすめることが不可欠だと思われますが、自治体情報システムのクラウド化に必要な社会的な議論は煮詰まっているとは言えないと感じます。

自治体クラウドによる全面的な外部委託によりコストダウンを図りつつ、セキュリティも確保するためには、今後はクラウド上の情報システムを監視できる体制を強化する必要が出てきます。この監視機能が健全に運用されることの担保としては、システムの監査とフォレンジックが重要な役割を果たすことになるでしょう。同時に議論が進む国民IDも含め、電子政府や電子自治体のあり方について、再び開かれた広い議論が求められる時期に入ったと感じています。住基ネットの時には、結局は権力による国民監視vs市民の自由というような単純な2元対立論から抜けきれず、議論が尽くせなかった印象を持っているのですが、現代は多くの個人がインターネットを基盤にした新しいメディアを手にした結果、実のある議論ができる環境があのころよりは整ったように思います。震災を期に多くの人がこれからの社会の姿を考えている今こそ、成熟した議論ができるのではないかと期待しています。

なお、恒例の「サイバー犯罪に関する白浜シンポジウム」ですが、今年は少し早めの開催です。5月26日から28日にかけて、和歌山県・南紀白浜温泉にて開催します。現在国会審議にかかろうとしているウィルス作成罪をはじめとするサイバー犯罪条約関連の議論、自治体クラウドに関する議論そして国民IDも扱うことを予定しています。詳しくは ※http://www.sccs-jp.org/ リンク切れ※  をご覧ください。みなさまのお越しをお待ち申し上げております。

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