第152号コラム: 守本 正宏 理事(株式会社UBIC 代表取締役社長)
題:「東北地方太平洋沖地震から考察するダメージコントロール」

1000年に一度とも言われる地震と津波の発生とそれに伴う原発事故により東北地方と関東北部の太平洋岸では戦後最大の甚大なる被害がでました。地震が発生した当日ちょうど私は出張で米国にいました。ホテルに帰って仕事をしていると、ウェブサイトで地震発生の知らせが入りましたが、当初はどうせいつものことであろうと気にしていませんでした。ところが数分後、私の妻から電話がかかり、すぐ直後に会社からも電話が入りました。ようやく事の重大性を理解し、必要な処置を米国から日本にいる弊社スタッフに対応に関する指示をだしました。運よく、海外からの回線は国内の回線より比較的通じやすかったので情報の伝達は日本にいるよりもスムーズにできたのが幸いでした。
 米国ではいつもは日本に関連するニュースなどほとんど流れないのですが、地震・津波発生の瞬間を境に毎日24時間にわたって日本の地震・TSUNAMI・原発のニュースを流すという状況になりました。
 米国では、地震・津波の話もさることながら、大きな関心事は原発でした。特に藤崎米国大使がCNNで原発の状況を説明したのですが、情報の信ぴょう性について疑われ、大変強い口調で糾弾されていたことは、日本の状況を肌で知ることができない私の不安あおるのには十分すぎる内容でした。
 私は、身内の心配をしていては、適切な判断・対応に支障をきたすと思い、家族を関西にある私の実家にやりました。と同時に私はやはり東京で直接指揮をするべきだと考え、急きょ米国での予定を切り上げ、帰国いたしました。
 その後の対応や状況については、すでに多くの様々な分野の専門家の方がお話しされているのでこのコラムでは言及はしませんが、しかし、ダメージコントロールに関して私なりに感じたことを述べさせていただきます。

 今回の震災で大きな被害を受けた理由の一つに何度も“想定外”の地震・津波ということが言われております。東北地方の太平洋側は津波の経験も多くあり、その分、他地域に比較してかなり強固な対策がなされており、世界で最も深遠な防波堤と言われるものも存在しておりました。ただし、それらの防波堤は想定津波が最大で10メートル、第1福島原発で約7メートルというものだと聞いております。今回は場所によっては20メートルを超えていたと伝えられております。まさの想定外の大津波だというのは全くその通りです。しかし、想定外を正当な理由にすることはできません。少なくとも今回の震災を通じて学ぶべきところは学び今後に生かす必要があります。

 このような場合に我々が持つべき重要なコンセプトがダメージコントロールなのです。ダメージコントロールとは、損害を最小限に食い止め、組織の活動に必要な最低限度の能力は保持しつつ、活動を継続する対策・対応のことをいいます。要するに被害は受けるものだという前提で考えるものです。私の記憶ではダメージコントロールという分野が発展してきたのは、主に海軍の経験からだと理解しております。特に米海軍ではすでに太平洋戦争当時からダメージコントロールを取り入れていたと言われております。ちなみに海上自衛隊ではダメージコントロールを“応急”と呼び、その部署の責任者は応急長と呼ばれています。
 ダメージコントロールでは、艦船の装甲を厚くするというものは含まれません。被弾した場合に、最大限艦船の持つ能力を維持するかをどのような方法で行うかを考え対策するものです。今回の災害でいえば、防波堤を高くするというのは含まれない。ということになりますので、現在の防波堤の能力で津波が防波堤を超えてきた場合の処置ということになります。私は災害対策の専門家ではありませんので、災害対策についてこの場で多くを語ることはできませんが、艦船の場合で考えれば、浸水や火災の影響が拡大するのを防ぐため、隔壁を設け、燃えにくい材料を使用したり、被害をできるだけ受けてはいけない弾庫、士官室、中央戦闘指揮所(CIC)をどこに配置するかが重要になります。そこから類推すると、例えば原発の場合には、津波がきて海水を大量に被るということを前提とした対策や、配置を考えなければならないということになるでしょう。

 今回の災害では想定外ということが何度も言われていますが、想定はもちろんしておくべきなのですが、このダメージコントロールの世界は状況の想定だけでは十分な対策ができず、実際に経験したことから学ばければ十分な対策はできないといわれております。多くの尊い命が奪われ、いまだに多くの行方不明者が存在し、そして無事生き残った方々も多くの方が家を失い、数十万人もの方が避難所にくらしておられるという、未曾有の大災害から我々は多くのことを学びこれからに生かしていかなければなりません。

 さて、我々が取り組んでいるデジタル・フォレンジックは、まさにここでとりあげたダメージコントロールにおいても大いに活用されるものであることは間違いありません。不正をなくす、訴訟を防ぐというのは、相手があり、そもそも相手側にとって正当な理由(こちらには不当な理由に思えても)があって行われることが多く、結果的に100%防ぐことは不可能と言っても過言ではありません。そのため、我々は何かあった場合でも事実関係を調査し、事後対応を早急に適切に行うことにより、ダメージを最小限にしなければなりません。その為の重要な手段の一つがデジタル・フォレンジックなのです。“事故前提社会”ということが一昨年から言われてきましたが、今回の災害でさらに事故前提社会という言葉の意味と示唆している重要性を改めて認識することができました。デジタル・フォレンジック研究会は事故前提社会に対応すべきデジタル・フォレンジックの啓発と早期の普及にむけて大きな役割を果たしていかなければならないと考えます。

最後になりますが、この度の震災の被災地が一日も早く復興することをお祈りするとともに、被災された方々ならびにご家族、関係者の皆様に対し心よりお見舞い申し上げます。

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