第159号コラム:大橋 充直 氏(ハッカー検事、IDF会員)
題:「震災とネット情報の法的側面」

1 震災におけるネット情報の活躍
今般の東日本大震災での地震と津波は、パソコンや有線回線を破壊・流出させたが、携帯電話を手にしたまま避難して避難所生活が可能であったし、公衆無線通信(携帯電話回線や公衆無線LAN)は、災害時仮設AP車両の投入等で、その迅速な復旧が可能であることが証明された。そしてツイッターをはじめとする災害情報や救援情報が携帯電話のブラウジングを介して、どれだけ大活躍したであろうか。モバイル無線ネットワークは、想定外の大震災の瓦礫の山の中で、民生用の非常通信手段として、その有用性が如実に示された。無線をこよなく愛するアマチュア無線家の端くれでネットワーク生活を始めた者として、賞賛の拍手を送りたい。

2 困ったデマや流言飛語
ただ、残念なことに、震災につきものの流言飛語やデマ情報も、「震災情報」として無線ネットワークを駆けめぐった。古くは大正関東大震災でも、大新聞が「東京全域が壊滅・水没」「津波、赤城山麓にまで達する」「政府首脳の全滅」「伊豆諸島の大噴火による消滅」「三浦半島の陥没」「朝鮮人が暴徒化して、井戸に毒を入れ、また放火して回っている」と誤報する始末であり(注1)、今般も津波被害や余震情報さらには原発事故と放射能汚染などに関して、さまざまなデマや流言飛語が流れたが(注2)、大災害ではデマや流言飛語が跳梁跋扈する社会心理構造があるようだ。このような流言飛語やデマ情報が社会不安を増大させてはいけないので、デマ情報を打ち消す正確な情報が報道・広報されたし、デマ情報の削除要請や発信規制が議論された(注3)。確かに、デマ情報で暴動が起きたり無辜の民が殺害されるようなことは何としても防がなくてはいけないだろう。しかし、ことは表現の自由という憲法上の人権への制約なのである。

3 「明白かつ現在の危険」の法理
ネット上への情報発信投稿を含む表現の自由は,現行憲法下では昔から、根幹的な自由権で最優越的地位を占め、規制法令は意見の推定すらはたらくものとされている(注4)。かといって絶対無制約なものではなく、「言論の自由を最も厳格に擁護したとしても、劇場でウソをついて火事だ!と叫び、パニックを起こす自由は誰にも保障されないだろう。どの訴訟でも問題となるのは、言葉が発せられた状況と、その言葉の性格である。すなわちそれが、明白かつ現在の危険を生じさせるものかどうかである。そのような害悪は、議会の権限をもって阻止されなければならない。言い換えればそれは、切迫性とその度合いの問題である。」(シェンク対米国合衆国事件、ホームズ判事、1919年)(注5)という考察が示される。それもベルサイユ条約の締約年という歴史のかなたから、「明白かつ現在の法理」として。ただ、今日では、この法理は、個々の行政規制行為の具体的違憲性判断にはなじむけれど法令違憲の審査にはなじまないとされている。かように、デマ規制立法は法律的には難題である。

4 デマを打ち消すディスインフォーメーション活動?
諜報業界では、ディスインフォーメーション・オペレーションというものがある。虚偽情報の流布で敵国を攪乱する技法であり、その有用性は知る人ぞ知るというもので、第二次世界大戦で連合国軍がノルマンディー上陸作戦を成功させるため、上陸地点を秘匿する虚偽の上陸地点という偽情報を高度な手法で流して枢軸国を攪乱した成功例が有名である。大震災デマという「偽」情報には「真」情報の流布拡散で対抗する、というディス・ディスインフォーメーション・オペレーション?が必要なのかもしれない。

注1:参考< http://ja.wikipedia.org/wiki/関東大震災 >
注2:研究例として、松永英明著「震災後のデマ80件を分類整理して見えてきたパニック時の社会心理 2011年04月08日23時14分」
< http://news.livedoor.com/article/detail/5477882/ >
注3:たとえば、「東日本大震災に係るインターネット上の流言飛語への適切な対応に関する電気通信事業者関係団体に対する要請」
< http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban08_01000023.html >、
「震災めぐりネットに悪質書き込み 警察がデマ対策強化」
< http://www.47news.jp/CN/201104/CN2011040101000891.html >
注4:奥平康弘『表現の自由の今日的意義』法学セミナー増刊「言論とマスコミ」2頁以下(日本評論社;昭和53年3月20日)、拙著「コンテンツ規制に法律家が躊躇するのは」当コラム第38号< https://digitalforensic.jp/2009/01/29/column38/ >等参照。
注5:39 S. Ct. 247; 63 L. Ed. 470; 1919 U.S. LEXIS 2223; 17 Ohio L. Rep. 26; 17 Ohio L. Rep. 149、< http://supreme.justia.com/us/249/47/case.html >、
< http://aboutusa.japan.usembassy.gov/j/jusaj-govt-rightsof3.html>、<http://ja.wikipedia.org/wiki/シェンク対アメリカ合衆国事件 >

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