第232号コラム:秋山 昌範 理事(東京大学 政策ビジョン研究センター 教授)
題:「在宅医療を中心とした医療のIT化推進における個人情報保護と
デジタル・フォレンジック~第9期第2回「医療」分科会に向けて~」

先日の敬老の日に発表された総務省統計局の報告によると、日本の高齢者人口は初めて3,000万人を超え、高齢化率も24.1%となった。いわゆる「団塊の世代」すべてが2014年には65才以上に、そして2024年には75才以上になって、ますます高齢化が進む。この問題に対応するために、政府は「社会保障と税の一体改革」をすすめ、財源確保のために消費税増税も決まった。しかし、今の制度化では、各制度における個人情報管理の仕組みがバラバラであり、社会保障費に関する納付と給付の管理はヒモ付けできない。2007年5月に発覚した年金記録問題は、まだ記憶に新しい。国会の社会保険庁改革関連法案の審議中に社会保険庁のオンライン化したデータにミスや不備が多いこと等が明らかになり、国会やマスコミにおいて社会保険庁の年金記録のずさんな管理が指摘され、国民から批判された。同年秋頃から厚生年金基金においても類似の記録問題が明らかとなった。この年金納付に関する管理は改善されつつあるが、給付における大きな問題が医療費である。我が国は、世界最高と言われる医療システムが整備されている。この医療提供体制は、国民皆保険と呼ばれ1961年に確立し、その後の高度経済成長により支えられてきた。しかし、低成長からマイナス成長となった現在、給付管理の必要性がますます高まっている。

この「誰でも」「どこでも」「いつでも」保険医療を受けられる国民皆保険体制では、所得や居住地に関わらず全国民が最高レベルの医療を受けられる。そのため、他国に無い我が国固有の特徴として、がんや脳血管障害、心臓病など複数の重篤な疾患を抱える高齢者が増えていることが挙げられる。海外では、当人の契約する保険の種類によって、受けられる医療水準が異なる。高価な医療保険に入っている患者に比べ、安価な保険金の患者では、より低いレベルでの医療しか受けられない。特に、がんや脳血管障害、心疾患等の比較的費用が高額の疾患にかかった場合、初回の高額医療は給付されても、二度目以降の高額医療の給付には制限を受ける。そこで、がんが治癒したとしても、その次に心筋梗塞など、高度医療が必要になった場合は最高水準の医療を受けられない場合が生ずる。給付費用が高額になり、保険制度が成立しなくなるからである。しかし、我が国の保険制度に通常このような制限は無い。その上、がんや脳卒中・心臓病治療水準は世界最高水準であり、救命率は大幅に向上した。15年前には治癒できなかったがんや脳血管障害、心筋梗塞など多くの疾病患者が社会復帰できるようになった。

この世界最高の医療技術と皆保険制度で、世界トップレベルの長寿国になったのである。しかし、この仕組みには個人の生涯あたりの医療費に歯止めがないので、医療費が増額し続けることになり、すでに破綻しかかっている。医療給付に保険料納付が追いつかないからである。厚生労働省の発表によると、2010年度医療費総額は36兆6000億円で、前年度より1兆4000億円増加。また70歳以上の高齢者の医療費は16兆2000億円と半分近くを占めており、その割合は増加の一途を辿っている。長寿化による医療費高騰化に保険料納付と自己負担が追いつかず、約3分の1は公費負担(税金からの繰り入れ)になっている。来年の租税や印紙収入見込みは42兆円程しかないのに対し、医療費は38兆程度になると予測されているので、ますます公費負担が増加し、40%近くになると予想されている。そこで、正確な将来予測を行い、それに基づいて有るべき医療制度を再構築する必要がある。例えば、保険料や自己負担をどの程度上げるかというようなことにも、データが必須である。医療費の増額要因がどこにあり、どのように推移するかには、各人がどのようなタイムラインで死に至るかが重要である。現在のモデルは、医療費に係るレセプトと呼ばれる請求情報が電子化されているが、個人情報等の問題があり名寄せができない。そこで、がん治療中に加え心筋梗塞になったのか、がんが治癒した人に心筋梗塞が発生したのか、健康だった人が心筋梗塞になったかの判別は困難である。医療費高騰解決のために全国的な解析が必要であるが、現在では名寄せができないため正確なシミュレーションができず、改善には名寄せが必須である。

一方、各個人レベルで考えて見ると、前述したようにがんや心臓病は克服可能な疾患になっており、全がん患者の約7割は治癒する。しかし、投薬や検査などは治癒退院後も必要であり、外来通院や在宅医療・在宅介護となる。特に、在宅医療では複数の医療機関(がん専門病院、心臓病センター等や家庭医)や複数の介護事業者が関与しており、それらの医療介護施設毎にデータを保持しているが、連携は不十分である。近年は、医療連携の仕組みが進みつつあるが、連携の電子化は不十分であり、名寄せは不可能である。このように在宅医療介護に対する需要や重要性は、ますます高まっている。在宅ケアを推進していく上では、多職種の連携が不可欠であるが、現場では制度上の課題が障壁となっている。そこで、複数の関係者が連携するためには、情報連携を可能にする包括的な仕組みが必要である。

このように超高齢社会における医療介護連携に情報流通基盤は必須である。これを推進することは我が国の医療や情報産業振興のみならず国民の医療・健康レベル向上にも大きく寄与するだろう。しかし、そこに流れる個人情報が万一にでも漏えいするようなことになれば被害は甚大である。したがって、安全安心に個人情報を利用できる情報流通基盤が望まれる。そのためには、デジタル・フォレンジックのような証拠性の確保技術の普及が必須であり、コンピュータ・フォレンジック、ネットワーク・フォレンジックを駆使して、安心安全な基盤が構築される必要がある。

今回の第9期第2回「医療」分科会(11/16)では、在宅医療のモデリング、服薬コンプライアンス・アドヒアランス改善による効果の検証やNSTの問題など在宅医療に関わる現場の多職種(医師、訪問薬剤師、訪問看護師、介護士、管理栄養士ほか)の立場から、これらの研究者に発表いただき、特に情報連携の仕組みについて明らかにする。今後の在宅医療に求められる仕組みや制度について考えるため「番号制度下における医療情報の活用と保護に関する検討」と題して、個人情報保護とデジタル・フォレンジックについて議論する。
多くの皆様の参加をお待ちしております。

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