第235号コラム:舟橋 信 理事(株式会社UBIC 取締役)
題:「いわゆるデュアルユース問題について」

 半年前に、「ヒト感染する鳥インフル変異株論文、英ネイチャー誌に掲載」(2012年5月3日AFP BB NEWS)などの報道がなされていたのを記憶されているであろうか。
 米国(米国チームのリーダーは、日本人の河岡義裕教授)とオランダの二つの研究チームが、高病原性鳥インフルエンザウィルスの遺伝子を人工的に変異させ、哺乳類で飛沫感染することを証明したが、その論文が発表されればバイオテロに悪用されるのではないかとの懸念から、米国政府の要請を受け、科学誌への論文発表が凍結されていたところ、テロへの利用の懸念よりも、ワクチンや治療薬の開発に資することが大きいことから、米国政府が全文公開を認め、論文が掲載されたとの報道である。

 これはいわゆるデュアルユース(Dual-use)問題の典型である。デュアルユースのもともとの意味は、民間で開発された技術を軍事へ転用することであった。すなわち、軍事と民間の両方に使えるということから、デュアルユースと言う用語が使われてきた。現在では、人間や環境にとって有益な技術でも、テロなどに悪用され得ると言うことに意味が広がって来ている。WHOのガイダンス(Biorisk management Laboratory biosecurity guidance、2006年6月)においても、「当初は、軍事と民間の両方の分野で有用な特定の物質、情報及び技術のことを指していたが、(人間や環境に有害な)悪用と平和的な活用という両用の意味に次第に拡大してきた。」と用語の定義がなされている。

 このような意味で、ITやインターネットの領域においても、いわゆるデュアルユース問題は存在する。
 報道によれば、最近発覚した他人のパソコンを遠隔操作して犯行予告・脅迫が行われた事件において、脅迫メールの送信にはTor(The Onion Router)が用いられ、無作為に選択された海外の数カ国のサーバーを経由しており、また、このシステムの特徴であるログの暗号化により、発信元を辿ることが困難な状況にあり、事件を解明することが難しくなっている。
 この事件のキーとなるTorは、インターネット上の情報では、情報統制が行われている国などから情報を送信する際、接続経路の匿名化を図るため、米国海軍の研究所が開発したものと言われている。

 技術の進展と、いわゆるデュアルユース問題は切り離せないが、可能な限り抑止していくためには、生命科学分野でも言われていることではあるが、倫理教育の中にデュアルユース問題含めて、地道に教育していくことが必要ではないかと思うところである。

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