第234号コラム:安冨 潔 副会長(慶應義塾大学大学院 法務研究科 教授、弁護士)
題:「遠隔操作によるサイバー犯罪の誤認逮捕と捜査の在り方」

 ウイルスに感染させた個人のパソコンを遠隔操作して犯行予告を行ったとして、警視庁、神奈川県警、大阪府警、三重県警察がそれぞれ威力業務妨害罪(刑法234条)で通常逮捕した被疑者等について、その後の捜査で、犯人ではないことが判明したことから、逮捕された者を釈放等したという事案が発生したことは、記憶に新しいところである。

 これらの事案では、いずれも刑法犯であることから、刑事部門が事件として担当した。不正アクセス禁止法違反をはじめとするいわゆるサイバー犯罪捜査を直接担当する生活安全部門が事件捜査には直接関与してはいないようである。また、犯罪取締りのための情報技術の解析に関する情報通信部門との連携が図られていたのか疑問も残る。ここには、発生した事象に適切に対応するための統合的な警察捜査の在り方を検討するべき契機があるように思われる。

 今回の一連の事案では、警察は、IPアドレスからたどったパソコンの所有者を犯人と思い込んで、誤認逮捕してしまった。そして、いくつかの疑念が生じたのにもかかわらず、その裏付け捜査を怠り、取調べで自白を強要し、アリバイ等の消極証拠を吟味することなく、検察官に事件を送致した。ここには、情報技術社会における犯罪環境を把握できずに、伝統的な刑事事件捜査の手法による事件処理がなされたことがうかがえる。

 また、逮捕状を発付した裁判官も、情報技術についての一定の知見をもっていたなら、令状請求に添付された疎明資料について慎重な判断ができたであろうと思われるが、ここでも司法的抑制は果たされなかった。

 そして、検察官も、大阪の事案では、逮捕された者を犯人でないにもかかわらず誤って公訴を提起し、神奈川の事案では、誤認逮捕した少年を家裁送致している。検察官も、捜査を十分に尽くして、デジタル・フォレンジックをはじめとする情報技術についての専門家の協力を得るなどして事件捜査を慎重に行えば、誤認逮捕への疑問を持てたであろうし、おそらく公訴を提起したり、家裁送致することはなかったであろう。また、検察官は、警察捜査に対するチェック機能をもっているのであるから、漫然と捜査の結果を受け入れるのではなく、適切に事件処理をすべきであって、誤認逮捕という結果が生じた捜査の誤りを見逃した責任は大きいといわざるを得ない。

 これらの事案を振り返ると、依然として自白を重視する刑事警察における捜査の在り方に反省をすべき課題があることはいうまでもないが、それにとどまらず、検察官や裁判官においても、情報技術についての基礎的素養がもはや不可欠となっていることを示唆していると思われる。

 著しい発展がみられる情報技術に対応する捜査力の向上が図られるとともに、法曹においても情報技術の教養を身につける必要があろう。

 ところで、昨今、客観的証拠ことに科学的証拠が刑事事件で重視されている。しかし、科学的証拠といっても、その結果だけを過大視することがいかに危険であるかは、再審事件での無罪判決が証明している。科学的証拠で重要なことは、証拠の収集・保管と解析の技法が適切になされることである。これまで、電磁的記録が証拠となる事件においては、証拠の収集についての法的整備が十分とはいえなかったことから、昨年に刑事訴訟法が改正された。今後は、収集された証拠について多様な着眼点での事案解決にふさわしい解析の技法が生み出され、そして適切に解析がなされる必要がある。

 今回のパソコン遠隔操作をめぐる誤認逮捕は、情報技術の発展と捜査の在り方をあらためて考えさせられる事案であった。

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