第271号コラム:須川 賢洋 理事(新潟大学大学院 現代社会文化研究科・法学部 助教)
題:「情報セキュリティ、デジタル・フォレンジックに関する法律の過去と未来」
デジタル・フォレンジック研究会も10周年を迎えることとなり、皆さん同様、非常に感慨深いものがある。当初は言葉すらまったく知られていなかったものが、この10年で、ITやセキュリティの専門家の間では多くの人々が知る言葉となったことの意義は大きいであろう。「次の10年では市民の誰もが知り得る言葉に!」……というのはさすがに無理であろうが、筆者としては、少なくとも法律を専門とする人の間では誰もが良く知る言葉になってもらいたいという願望がある。残念ながら法律家の間では、まだまだ「デジタル・フォレンジック」という言葉を知る人は少ない。「法医学のコンピュータ版です」と言っても、それでもピンと来る人は少ない。「パソコンをバラすの?(解剖するの?)」といった反応が返ることもある。まぁ、これは伝統的な法医学に対しても同様のことが言えるらしいが…。
しかしながら、法医学と医事法というものが表裏一体の関係にあり、医者と法律学者が共同でその研究に当たっているのと同様、デジタル・フォレンジックも技術者と法律学者が協力して発展させて行かなければならないことは言うまでもない。だけれども、この分野に関心を持つ法律家は前述のごとくまだまだ少ない。次の10年で何とか増えて欲しいものである。
前置きが長くなったが、ここで我が国のコンピュータやセキュリティに関する法律の歴史を簡単に振り返っておきたい。コンピュータ法制は昭和60~62年(西暦1985~1987年)頃に始まったと言ってよい。この時に著作権法にコンピュータ・プログラムやデータベースの保護規定がおかれ、刑法においては有名な「電磁的記録」の定義がなされ、「電子計算機損壊等業務妨害罪」等の新しい罪が付け加えられた。
その後、「2回程の大きな法改正の山場があり今日に至っている」というのが筆者の見方である。一つ目の波がインターネットが普及し始めた2000年前後のもの。著作権法への公衆送信権の追加、不正アクセス禁止法の制定、営業秘密保持違反に対する刑事罰の導入(不正競争防止法)、個人情報保護法の制定などがこれに該当しよう。
そして2回目のピークがここ3年程の間のものである。不正競争防止法の営業秘密漏洩罪の強化、刑法への「ウィルス作成罪等」の追加、海賊版ダウンロード刑罰化(著作権法)、不正アクセス禁止法の強化が行われた。そして何よりも刑事訴訟法に多少とは言えネットワーク時代に対応した証拠の差押えの手順等が記載されたことの意義は大きいといえる。
さて、では今後10年の法律はどうなるのであろうか。残念ながら10年前に現在の状況が想像できなかったように、10年後を想像することは甚だ困難である。TPP交渉によって知的財産制度が変わるであろうこと、サイバーテロ対策が強化されることくらいは言えるのだが…。
そこで代わりに、1.2年先に問題になるであろうことを2.3件挙げることをもって勘弁いただきたい。言うまでもなくこの分野の法律はまだまだ未整備なところが多く、今後生じるであろう問題には、それを追いかけて立法がなされるはずである。しかし、それがあまりに泥縄になること、つまり遅くなりすぎることを筆者は警戒する。目まぐるしく変わるこの分野においては、「いざ法律を!」となった時にすぐに対処できる体制を整えておく必要がある。デジタル・フォレンジック研究会もそのための準備に一役かっていけるようになる必要があるであろう。
では、最後に近年中に発生しそうな問題を記しておきたい。まず、何よりも大きなインパクトを与えるのは3Dプリンタの爆発的な普及である。既に銃器を作成(印刷?)するためのデータがネット上で大量にダウンロードされていることをご存じの人も多いだろう。兇器・危険物の製作が誰でもできるようになる問題以外に、知的財産権の侵害も多発することが容易に予測できる。3Dプリンタは産業構造を根底から変えてしまうだけの影響力があるので、早急に、生じるであろう影響を研究しなければならない。
次に自動車などに搭載されたコンピュータのセキュリティ問題、行動履歴などのトレース問題が大きな問題になるであろう。IPAの報告書には、既に「車外から手を触れずに自動車の施錠をコントロールできた」旨が記されている。よって数年のうちに、車載用コンピュータやスマートグリッド用の制御装置などもデジタル・フォレンジックの対象になるではずである。
そして最後に、どこまで進歩するか想像すらできないスマートデバイス。1,2年でグーグルグラスやiWatchなどが出回り、また新しいライフスタイルが登場するかもしれない。「サイヤ人」や「名探偵コナン」だけが持っていた秘密道具が現実になる日も近い。その時のデジタル・フォレンジックのありようを、今から考えておいても良いのではなかろうか…。
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