第390号コラム:伊藤 一泰 理事 (栗林運輸株式会社 監査役)
題:「巨大企業の不適切会計と役員の責任」

東芝は、長年にわたり不適切な(本来は「不正な」というべきであるが)会計処理を行い、2009年3月期から2014年4~12月期までの決算について、税引前損益で2248億円に上る減額修正を発表した。日本を代表する一流大企業で、しかもコーポレート・ガバナンスでは先進的な企業と目されてきた東芝が、なぜこのような不祥事を起こしたのだろうかと驚かされる。調査報告書などでは「上司の意向に逆らうことができない企業風土」を大きな問題点として挙げている。また、経営トップらが「当期利益至上主義」により、部下に収益改善を求めて強烈な圧力をかけ、それに逆らえない部下たちを「不適切な会計処理」に走らせたと報じられている。

11月12日の日本経済新聞9面の「ニュース複眼」は、「名門企業の不祥事なぜ相次ぐ」というタイトルで、東芝、旭化成グループ、独VWなどの名門企業で不祥事がなぜ続くのかについて、3人の有識者の方がインタビューに答える形で意見を述べておられる。

そのなかでも、数土文夫・東京電力会長の「内部昇格の統治 時代遅れ」というご指摘が特に印象的であった。
まず、数土会長は、最近の企業不祥事には次の4つの共通項があると指摘している。

①いずれも伝統ある大企業で発生した
②経営トップが関与している疑念がある
③重大問題にもかかわらず責任の所在が不明
④長年にわたって蓄積されてきた

数土会長は、なぜ伝統的な名門企業で不祥事が続くのかについて、「失われた20年の間に、日本型の企業統治が時代に合わなくなってきたことと関連があるように思えてならない。」と述べている。
すなわち、具体的な内容を次のように説明している。
「従来は生え抜きの社員が取締役になって社長の座を射止め、会長となってにらみを利かし、最後は取締役相談役に鎮座する『多重統治体制』が多かった。こういう体制では、経営陣は大胆な決断がしづらい。仮に先輩が築いた事業が利益を生まなくなっても見直しにくくなる。結果として見過ごされたり、温存されたりした小さな問題が長い間に大きな課題となり、突如不祥事として表面化する。こんな流れがあるのではないか。」

では、どうすればよいのか?
数土会長は、経営陣のダイバーシティ(多様性)が必要であり、社内役員とは異なる経験と感性をもった他業界の経営者、外国人、女性などを社外取締役として迎えることの必要性を強調している。
そして、経営者自身については、論語の「修己治人(脚注)」という言葉を引用して、トップがまず謙虚であるべきだと指摘している。
数土会長の示唆に富んだコメントに異議を唱えるつもりはないが、あまりに精神論に頼っていると言えなくもない。

もちろん世の主要企業の経営者が徳を高めるのは悪い話ではないが、精神論だけでは客観的な物指がなく、どの企業の経営者が聖人君子なのか、相対的なレベル感も含めて把握することは困難である。

基本的なシステム用語で恐縮だが「冗長性【 redundancy 】」という言葉がある。例えば、障害に備えて機材や回線などを複数用意し、並列に使用したり、一部をすぐ使える状態で待機させたりすることがある。このような余裕を冗長性と呼び、システムをそのように設計・配置することを冗長化という。
また、データに誤りがないか確認するエラーチェック機能が付いたシステムがある。各レコードに入力の誤りを確認するためのビットを付けてエラーチェックを行っている。
確認するためのデータを付加することで、ある意味余計なデータが増えるが確実性が高まるというメリットがある。
そこで、経営の意思決定において簡単で導入しやすい事例を二つ提案したい。

一つ目は、名付けて「冗長な意思決定システム」である。
インターネットバンキングで振込処理をやったことのある人は、気付いておられると思うが、多くのインターネットバンキングのシステムはかなり冗長的である。
各フェーズで「確認」ポイントがあり、「これで宜しいですね」「最終確認をお願いします」「下のボタンを押下したら前には戻れません」と脅しとも思われるメッセージが頻出し煩いくらいである。これも処理の確実性を高めるための冗長性と理解し受け入れるしかない。これの延長で経営における意思決定においても幾つかのチェックポイント(関所)を設けて、各フェーズで再確認させるのである。
併せて意思決定におけるリマインダー(備忘通知)機能を活用したい。わかりきっていることでもついつい忘れてしまいがちな事柄がある。機械的に各フェーズで重要な事柄を思い出させてくれる機能をシステムに付けておくのである。
ただし、この経営管理システムを構築した担当者は、社長に煙たい存在として嫌がられること間違いなしである。

二つ目は、名付けて「二段階意思決定システム」である。
複数の役員が対等の立場で係わる意思決定システムを想定している。
例えば金額の大きな支出の意思決定について具体的に想定してみよう。
支出の妥当性の判断(事柄の良し悪し)は社長が決定しても出納業務(資金管理)は経理担当役員(CFO)が決定するシステムである。これによって、金額の妥当性、支出手続の的確性などは、出納業務段階(第二段階)でも再確認されるシステムである。
不自然な取引はこの段階でのチェックに引っかかるはずである。
たとえ上位者による支出OKの判断があった後でも、手続面の瑕疵を論拠に上位者の判断に異議を申し立てる(申し立てなければならない)仕組みにすべきであろう。

取締役の義務として、他の取締役の不適切な行為を監視・監督しなければならないという、いわゆる「監視義務」がある。取締役には、他の取締役を監視し、不適切な行為があれば、取締役会を自ら招集し、業務執行の適正化を図るという義務もある。会社の業務執行の監督の実効性を確保するという観点から、取締役会を構成する取締役は、取締役会に上程された事柄についてのみ監視するにとどまらず、代表取締役等の業務執行一般を監視し、取締役会を通じて業務執行が適正に行われるようにする任務を負う(最判昭和48.5.22)とされている。
だから「社長に言われたから止むを得ない」という言い訳は通用しないのである。

(脚注)修己治人(しゅうこちじん)。自身の知識を高めて、精神を磨き、徳を積んでから世の中を正しく治めること。自身の修養に励み、高く積んだ徳で人々を感化して、世の中(会社)を正しく治めることをいう。儒教の根本思想。「己を修めて人を治む」とも読む。

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