第417号コラム:「医療」分科会WG2 佐藤 智晶 座長
(青山学院大学 法学部 准教授/東京大学 公共政策大学院 特任准教授)
題:「医療現場におけるフォレンジック技術の活用可能性を探る―「医療」分科会WG2の活動方針」

今期の「医療」分科会WG2の活動方針は、米国での医療分野へのe-Discoveryの適用を含めて、医療現場におけるフォレンジック技術の活用可能性を探ることが主である。個人情報の保護に関する法律は、平成27年9月9日にその改正法(平成27年9月9日法律第65号)が公布され、平成28年1月1日にその一部が施行されている。そして、改正法は、公布日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日に全面施行されることになっており、改正法が全面施行されれば、以前にもましてフォレンジック技術の活用場面が増えることが予想される。

フォレンジック技術(デジタル・フォレンジック)とは、IDFの説明を要約すれば、電磁的記録の改ざん・毀損等についての分析・情報収集等を行う一連の科学的調査手法・技術のことをいう。本稿では、個人データを含む電磁的記録をどのように管理し、利用したのかについての証跡を残す技術、という前提で説明させていただきたい。

全面施行された改正個人情報の保護に関する法律のもとでは、個人データを本人同意なしに第三者提供する場合には、当該データがどのような形で誰に提供されたのかについて、証跡を残しておく必要性が高まる。たとえば、改正法第23条の第三者提供の制限によれば、個人情報取扱事業者は、第三者に提供される個人データ(要配慮個人情報を除く)について、個人情報保護委員会規則で定めるところにより、あらかじめ、所定の事項を本人に通知し、または本人が容易に知り得る状態に置くとともに、個人情報保護委員会に届け出たときは、当該個人データを第三者に提供することができる。所定の事項とは、利用目的、第三者に提供される個人データの項目、第三者への提供の方法、本人の求めに応じての第三者提供を停止すること、本人の求めを受け付ける方法のことである。また、個人情報取扱事業者は、所定の事項について変更した場合には、個人情報保護委員会規則で定めるところにより、あらかじめ本人に通知し、または本人が容易に知り得る状態に置くとともに、個人情報保護委員会に変更内容を届け出ることになっている。他方、個人情報保護委員会の側では、届出があったときは、個人情報保護委員会規則で定めるところにより、当該届出に係る事項を公表しなければならず、届出内容の変更のたびに公表し直すことになっている。

フォレンジック技術等にまったく頼らずに、このような第三者提供におけるいわゆるオプトアウトが可能になるのかはわからないが、ある程度実効困難になることは容易に予想できる。届出義務を負う個人情報取扱事業者の側はもちろん、届出を受ける個人情報保護委員会の側でも、届出内容の更新についてはフォレンジック技術等の支援を受けることが必要になるのかもしれない。

また、個人データの第三者提供を受ける側でも、確認等の手続きが必要になる。改正法第26条によれば、第三者提供を受ける際の確認等として、個人情報取扱事業者は、第三者から個人データの提供を受けるに際しては、個人情報保護委員会規則で定めるところにより、当該第三者の氏名(法人の場合にはその代表者)に加えて、当該第三者による当該個人データの取得の経緯について、確認を行わなければならない。

改正法の全面施行後に導入される新しいオプトアウトの仕組みは、医療現場にどのような影響を及ぼすだろうか。これまでは、主に院内掲示などを通じて第三者提供におけるいわゆるオプトアウトが行われていたものと思われるが、個人情報保護委員会規則の内容次第では届出対象事項の更新のたびごとに、個人情報保護委員会への届出が必要になる可能性がある。医療現場では、本人の同意を得て個人データを第三者提供したり、特定の者との間で共同して利用される個人データを当該特定の者に提供したり、逆に個人データに匿名化を施してから第三者提供することも選択肢となりうるが、いずれの場合でも、個人データを含む電磁的記録をどのように管理し、利用したのかについての証跡を残す必要性が高まるだろう。

これまで、医療現場における個人データは、主に医師をはじめとする医療従事者と患者との間の高度な信頼関係に基づいて取り扱われてきたところ、フォレンジック技術等を利用して個人データの管理や利用が進むことでどのような変化が生じるのだろうか。少なくとも、第三者提供におけるオプトアウトの仕方に加えて、将来における個人データの利用についての同意取得のあり方について、今後、十分な検討が必要になることは言うまでもない。そして、フォレンジック技術等を利用するにあたっては、先のコラムで指摘したとおり、個人情報の保護を含む規制対応や訴訟対応(訴訟に関係するe-Discoveryを含む)の役割についても、改めて認識しておくべきだろう。すなわち、フォレンジック技術等を利用した規制対応や訴訟対応は、医療分野にとってみれば医療の質をさらに高め、国民が安心して良好な医療にアクセスできるようにするためのインセンティブを与える「道具」に過ぎない。

「医療」分科会WG2では、医師をはじめとする医療従事者が患者の最善の利益を追求しやすくなる環境を生み出す、という視点が重要であるという考え方に立って、フォレンジック技術の利用可能性とその限界について専門家の先生方の力を借りて、真摯に議論を深めて参りたい。

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