第431号コラム:伊藤 一泰 理事(栗林運輸株式会社 監査役)
題:「『シェアリングエコノミー』の現状と課題」

シェアリングエコノミーとは、「遊休資産(非効率な資産)をインターネット上のプラットフォームを介して、個人間で貸借、売買、交換することでシェア(共有化)していく新しい経済の動き」と定義されている。
(出典)一般社団法人シェアリングエコノミー協会 代表理事 上田 祐司 氏の資料より
(カッコ内は筆者加筆)

1970年代頃より、過剰生産・過剰消費の弊害が顕著となり、限りある資源を守るために、1987年に国連の「環境と開発に関する世界委員会」(WCED)が「地球の未来を守るために」という報告書を発表した。今や、我々の消費行動についても、サステナブル社会の実現に向け、抜本的な見直しが求められている。このようなトレンドの中、シェアリングエコノミーの概念が生まれてきた。

例えば、稼働率の低い遊休資産の効率的な運用を考えたとき、単独所有(利用)から多数による共同利用に移行させることによって、資産の稼働率を高め、元の所有者も所有に伴う負担(維持費)を軽減することができて、共同利用メンバーは低コストでその資産を利用することができるという仕組みである。

わかりやすい事例は、駐車場のシェアリングである。
※以下は冒頭のシェアリングエコノミーの定義より広い概念となるが、わかりやすい事例として記載することを了承願いたい。

市役所・区役所などの庁舎の駐車場は、平日は来訪者が多いため、比較的に高水準の稼働率を維持できるが、休日(閉庁日)は来訪者がいないため、駐車場を閉鎖する等の 状態となり、一等地の駐車場が「がらんどう」になってしまう。“古き良き時代”は、こんなことには誰も疑問を持たず、行政の資産は稼働率が低くても仕方がないと思われていたが、駐車場不足に悩んでいる市役所周辺の商店街から見ると 大変非効率で「もったいない」話である。近時は、市役所等の来庁者駐車場や公共施設に付帯する駐車場の管理・運営を請け負う タイムズ24(株)などの民間事業者が事業を拡大しており、この「もったいない」状態がかなり改善されてきたことは評価できる。

一方、最近はやりの「民泊」については、未だ多くの弊害がみられる。その中でも、マンションでの民泊問題は、トラブルが深刻である。
これは、所有者(マンションの区分所有者)が自己の利益確保ばかり考え、他の住民の不安や迷惑を考慮しないために起きる問題である。高いセキュリティを誇るオートロックのマンションであっても、深夜早朝問わず、不特定多数の外国人旅行者が自由に出入りする状況は、他の住民にしてみれば不安でしょうがない。

セキュリティ保全面で、看過できない問題となっている。もし、マンション内で民泊絡みの犯罪や深刻なトラブルが発生すれば、資産価値の下落につながりかねない。

利用者(ホストおよびゲスト)の多くは、大手仲介業者のAirbnbのサービスを利用している。訪日外国人客の急増とそれに伴う宿泊施設の不足問題に対応する手段として、特に東京五輪に向けた新たな切り札として期待する向きもあるが、安心安全面での課題は多いと思われる。
※Airbnb(エアビーアンドビー)は、空き部屋を貸したい人(ホスト)と部屋を借りたい旅行者(ゲスト)をつなぐWebサービスで、日本を含む世界191ヶ国34,000以上の都市で 利用されている。2008年よりサービスを開始している。
(出典)https://www.airbnb.jp/about/about-us

但し、現時点では、国家戦略特区を除くと旅館業法の許可を取っていない民泊は違法である。ゲストから宿泊料を受領して、反復継続して営業を行う場合、旅館業法の許可を取得する必要がある。また、違法民泊は保健所が摘発する建前になっているが、急速に拡大する違法民泊に対応できていないのが実態だ。
※参考記事
http://www.asahi.com/articles/ASHCS7K1JHCSULFA03F.html

国(国土交通省、厚生労働省)は、民泊に関する新しい制度の整備を進めているが、新聞記事によれば、今月26日召集の臨時国会での民泊解禁のための新法提出を見送るとのことである。年間の営業日数の上限を何日にするか、関係者間の調整が難航しているためとのこと。

民泊の全面解禁には、未だコンセンサスが十分に形成されていないようである。
(出典)2016年9月19日 日本経済新聞
(電子版)  http://www.nikkei.com/article/DGXLZO07405530Y6A910C1NN1000/

民泊は、新たな市場創出によって雇用や収入が増える可能性がある半面、利用者や周辺住民などの安心安全面やサービスの質の維持、苦情対応などのルールは十分に整備されていない。また、マンションの管理規約において、専有部分の用途を制限している場合は、民泊ができないことにも注意が必要である。多くのマンションは、「区分所有者は、その専有部分を専ら住宅として利用するものとし、他の用途に供してはならない。」旨の条項を設けている。

本年1月27日、大阪地方裁判所が、マンション管理組合の主張を認め、民泊を行なう区分所有者に対して差止めを命じる仮処分決定を出したことは広く報道されているところである。
※参考記事
http://www.excite.co.jp/News/economy_g/20160814/zuuonline_116311.html

このように、民泊市場の拡大に対し、政府の取り組みは出遅れていると言わざるを得ないが、民泊ビジネスの利用者保護、安心・安全の確保に向けて、遅ればせながら政府も取り組みを強化しつつある。
具体的には、内閣官房IT総合戦略室を事務局にして、「シェアリングエコノミー検討会議」を開催し、自主ルールの策定による適正な事業運営の確保や、サービス提供における情報の非対称性や外部不経済等の問題の発生等について指摘・検討している。
(出典)内閣官房:シェアリングエコノミー検討会議のホームページより
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/senmon_bunka/kaikaku.html

一部の関係者は、過度の規制を警戒する動きを見せているが、業界の健全な発展のためには、利用者の保護は避けて通ることができない課題である。本人確認の徹底やID管理、情報漏えい対策など、デジタル・フォレンジック技術のリエゾン(異分野融合領域)で発生する問題であるため、IDF関係者の知見が活用されることが期待される。

【著作権は、伊藤氏に属します】