第438号コラム:佐々木 良一 会長
(東京電機大学 未来科学部 情報メディア学科 教授)
題:「デジタル遺品とフォレンジック」

デジタル遺品という言葉がある。デジタル遺品とは、故人のスマートフォンやパソコンの中、さらにはインターネット上に遺されたデータのことである。最近のIT化の進展に伴い、多くの情報がデジタルのみで残されるようになってきている。

私が、デジタル遺品に興味を持つようになったのは、数年前、Facebookで「今日はxxさんの誕生日です!お祝いのメッセージを送ろう!」という連絡がxxさんは亡くなっているのにもかかわらず来たことからだった。今後、亡くなる人は確実に増えていく中で、情報システムはこの問題にどのように対処していったらよいのだろうと考え、調査を始めた。その結果、以下のようなことが分かってきた。

デジタル遺品と一言で言っても、いろいろなものがあり、次のように分類することができると考えられる。
(1)見られたくないデジタル遺品
(2)見られてもいいデジタル遺品
(3)見せなくてはならないデジタル遺品

(1)と(3)とが問題で、(1)については次のようなものがあると言われている。
(a)浮気の証拠
(b)エッチな画像
(c)秘密の活動(スパイ活動など)
(d)他人の個人情報・秘密情報
(e)その他

浮気などはしないのが一番だし、エッチな画像が見つかっても問題ないと思うが、やはり、オープンにできない情報もあるかもしれない。この問題を解決するためには僕が死んだら」というソフトがあり、家族の誰かがデスクトップ上のショートカットの存在に気づいてダブルクリックしてくれれば、遺族に伝えたいメッセージが表示され、そのバックグラウンドで削除対象になっているファイルの削除処理がスタートするようになっているのだと言う。

(3)の見せなくてはならないデジタル遺品として次のようなものがあると言われている。
(a)遺族へのメッセージ
(b)有料サイトの契約の有無と、関連するIDとパスワード
(c)FX等のネット取引の有無と関連するIDとパスワード
(d)インターネットバンキングへの加入の有無と関連するIDとパスワード
(e)SNSへの加入の有無と関連するIDとパスワード

なお、このデジタル遺品に関する関与者としては、①デジタル遺品を残す人(故人候補)、②デジタル遺品を残された人(遺族)、③FXやSNS等の運用業者、④SNSの参加者等が考えられる。そして、デジタル遺品に関連しての被害の形態としては次のようなものがあると考えられる。

(イ)知られたくないデジタル遺品を家族に見られてしまい、信用を失う。(故人)
(ロ)死んだ人の誕生日の案内等のメールが来て不愉快な気分になる。(SNSの友人)
(ハ)知らなければならない情報が知らされず、経済的損失(FXのよる損失、会費などの無駄な支払いなど)をこうむる。(遺族)
(ニ)死んだあと、なり済まされて詐欺などに利用され名誉を傷つけられる。(故人)

私が、デジタル遺品に興味を持ったきっかけとなったのは、上記の(ロ)のケースといってよいだろう。

故人が必要十分な情報を残し、遺族もそれを見て必要最小限の対応をするなら大きな問題はなく、フォレンジックとの関係も出てこない。しかし、故人が情報をまったく残さず亡くなる場合や、遺族がどうしても、データを復元したくなる場合もあるかもしれない。そういう場合には、パスワードクラック等との関係で、フォレンジック技術が必要になる。現実に、そのようなパスワードのクラックを業務として行っている企業もあるようである。さらに、遺産相続など大きなお金が絡むような場合にはデータ復元などのフォレンジック業務も関連してくる可能性がある。

こんなことを考え、関連するパネルに参加して発言したりしていると、読売新聞の取材があり、記事になり名前が出たりした。そうすると、佐々木先生はデジタル遺品の問題にどう対応されているのですかという質問が出されるようになってきた。

遺族に、上記の(a)―(e)を残したほうがよいと言われているが、個人的には、取引等の有無とIDを紙の形で最低限残し、デジタルデータのあり場所や、パスワードを知らせる必要はないのではないかと考えている。たしかにIDとパスワードが分かると、いろいろな処理が容易になる。しかし、残すと必ず見なくてもよいものが見えてしまう。ということで、完全なアナログ派である。これは妻が、あまりPCに詳しくないということも関連しているのかもしれない。

ただし、SNSなどお金が絡まないものを、死後、容易にキャンセルできる方法については興味を持っており、現在学生が卒業研究を行っている。そして、「エンディングメッセージ」というソフトを開発中である。これは、家族に遺族向けのIDとパスワードを紙で残しておき、自分のパソコンを遺族のIDで立ち上げると、「エンディングメッセージ」のアイコンが出てきて、これをたたくと、遺族向けのメッセージや、取引等の有無とIDなどが出てくるようになっている。そして希望があれば、上記のアイコンをクリックした際に、消したいと考えているファイルが自動的に消えるようになっている。その後、SNSに対し、IDの抹消や、お悔やみサイトへの移行が半自動的にできるようにしている。同時に、このような遺族へのメッセージ文等の文書作成をサポートするツールも開発中である。

そろそろ、「エンディングメッセージ」ソフトが動き出す予定で楽しみにしているところである。

【著作権は、佐々木氏に属します】