第460号コラム:石井 徹哉 理事(千葉大学 副学長 大学院専門法務研究科 教授)
題:「判例の読み方」
GPS端末を車両の使用者らの承諾なく密かに取り付けて位置情報を検索し把握するいわゆるGPS捜査に関する最高裁判所の判断(最高裁判所平成29年3月15日大法廷判決(平成28(あ)442))が示されましたが、この判断に関する一部の目立つネットニュース等には、この判断からまったく読み取れないことまでをもいっているかのように書いているものが散見されます。もう少し裁判所の判断の位置づけや射程をふまえるのがよいように思われます。
警察は、GPS捜査を従来の行動確認の手法である尾行や張り込みの延長線にあるものとみて、基本的に路上を走行する車両の位置情報を把握するだけで、個人のプライバシーの領域に深く踏み込むわけでないとして、任意捜査として可能であるという立場でした。これに対して、最高裁は、GPS捜査が、その性質上、公道上のもののみならず、個人のプライバシーが強く保護されるべき場所や空間に関わるものも含めて、対象車両及びその使用者の所在と移動状況を逐一把握することを可能にする捜査手法であり、個人の行動を継続的、網羅的に把握することを必然的に伴うという点と、このような侵害を可能にする機器を個人の所持品に密かに装着することによって行われる点とに、公権力による私的領域への侵入を伴うとしています。つまり、プライバシーという抽象的な権利内容を問題にしているのではなく、プライバシーの具体的な権利内容を示すことで強制処分か否かの判断をしています。このような判断の仕方は、従来からの強制処分に関する裁判所の判断に共通するものです。しかし、一部の記事には、プライバシー一般の問題にすりかえてしまっているものが見受けられます。
また、強制処分法定主義と令状主義を混同するのは、刑事訴訟法の基礎的な理解がないとしかいえないでしょう。
次に令状発布の可能性について、この最高裁判決が検証令状により従来可能とされてきた携帯電話端末のGPS位置情報検索についても及びうるとするものが少なからず見られました。これは、検証という処分の性質や検証令状の有効期間などをまったく顧みていないように思われます。検証令状は、1回の検証の処分を可能にするために発布されるものです。どこまで1回かという微妙な問題は残りますが、電話傍受について検証令状により可能であるとした最高裁平成11年12月16日決定(刑集53巻9号1327頁)では、令状において特定の2日間のうちの特定の時間帯(5時間)を指定した上でなされています。すると、このあたりまでが限度とみてよく、この最高裁の事件のように長期間にわたって検証することは、その処分の性質に適合しないといえます。そもそも、令状の有効期間が7日間ですから、この事件のように長期にわたって検証令状を使用すること自体が困難であるといえます。反対に、携帯電話端末に対する位置情報検索は、検証令状で1回実施するものであれば、特にその処分の性質にそぐわないものではないといえます。事前告知がないことへのなんらかの担保をとった条件のもとで個人の所持品等に対してGPS端末を設置することが捜索令状によって許容されるのであるとしても、長期間、継続的に位置情報探索することを検証令状によって可能にすることは難しいといえますが、携帯電話端末のGPSによる位置情報の探索は、1回の検証によってそれが可能であるといえ、両者を同列視することは妥当ではありません。
また、前記平成11年決定で示されているように、令状の事前提示がないこととの関係で、また被疑事実と無関係な情報の取得を防ぐために、電話傍受では、捜査機関とは独立した立会人が通話を聴き、無関係な録音を阻止する措置が講じられていました。しかし、無断で設置したGPS端末による位置情報の探索では、位置情報の探索がなされた場合、それが被疑事実と関係のあるものかどうかが不明であり、おそらくその多くが無関係であることが強く推測されます。たとえ検証令状によって位置情報の探索が可能であるとしても、この点に適切に対応するための条件を設定することは、困難です。これに対して、携帯端末のGPS機能による位置情報の探索については、令状発付時における条件等によりある程度コントロールできるものであって、この点においてもただちに両者を同視することは妥当ではないでしょう。
この最高裁判決がどのような射程をもつものかは、もう少し丁寧に判決理由を検討することが必要ですが、少なくとも、プライバシーが重要であることをいっているのだから、携帯端末のGPS機能の探索も否定しているのだというような根拠のない憶測を述べるのは、控えるべきであろうといえ、もう少し慎重であるべきだろうと思われます。
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