第480号コラム:湯淺 墾道 理事
(情報セキュリティ大学院大学 学長補佐、情報セキュリティ研究科 教授)
題:「地方自治体の情報法制の最近の動き」
今回は、地方自治体の情報法制の最近の動きとして、データの保存と利活用の問題について紹介したい。
近年、各地方公共団体においてはさまざまなオープンデータの取組が進められてきた。しかしオープンデータは、法律による明確な根拠を欠いていた。根拠法が存在しないこともあって、「オープン化」の内容が不明確であり、利用制限が課されているもの、利用にあたって行政機関や地方公共団体等の許諾が必要なもの、非商用利用のみが許諾されているもの等も「オープン」データといえるのか、という問題点も存在した。また、著作権の所在やデータ標準化の欠如という問題もあり、本格的なオープンデータの利活用にはほど遠い状況にあった。
このような状況の下で、平成28年の12月7日に官民データ活用基本法が第192回国会において成立し、12月14日に施行された。官民データ活用推進基本法では、オープンデータに関する基盤整備や標準化を基本理念として掲げており、基本理念を具体化するため、官民データ活用推進基本法では、政府に官民データ活用推進基本計画、都道府県に都道府県官民データ活用推進基本計画の策定を義務づけ、市町村には都道府県官民データ活用推進基本計画の策定を努力義務として課している。
他方で、本法は議員立法で制定されたという経緯もあり、既存の地方自治体の情報法制との整合性は、立法過程において必ずしも十分に議論されたとはいえない面がある。
たとえば、情報公開制度における公開の対象は主として公文書であるが、多くの地方自治体において、文書管理法制によって「文書(公文書)」には保存年限が定められている。保存年限が永久として指定されていない限り、文書は、一定年月が経過した後には廃棄されるべきものなのである。多くの地方自治体において、文書の大部分は保存期間が1年未満と定められており、データも含めたある情報が「文書」としての性質を具備したとたんに、それらは1年以内に廃棄される運命にある。
そして、保存年限がすぎた時点で文書が廃棄されると、その後は情報公開の対象とはならない(情報公開請求が行われたとしても、「不存在」として不開示とされる)。文書管理法制においては、文書は原則として一定期間経過後は廃棄することが原則なのであるから、文書が電磁的記録(データ)として保存されている場合、一定期間の経過後は、むしろデータが保存されていない状態のほうが適正であるというわけである。
一方、官民データ活用推進基本法の目的や趣旨に即していえば、データを利活用するためには、データが廃棄・消去されずに保存されていなければならないのは自明の理である。
文書管理法制(文書管理条例など)を改正し、すべての文書の保存年月を永久保存に指定してしまうという方法もあり得る。しかし、それでは文書の性質ごとに保存年限を区別している文書管理法制の趣旨を没却することになる。全部永久保存するのであれば、何のためにこれまでわざわざ保存年限を定めていたのか、ということになるわけである。原則廃棄という文書管理における原則と、原則保存というデータ利活用における原則とは、簡単には両立し得ない。一方ではデータ活用の推進をうたい、他方で行政文書の短期間での原則廃棄を定めていることは整合性を欠くので、データ利活用を優先しようとすれば、公文書は一定期間経過後は廃棄するという原則自体の見直しが必要になる。官民データ活用推進基本法の趣旨を徹底するのであれば、文書を含めて官民データは原則として廃棄しないことを各地方公共団体の条例に明記することが望ましいのではないかと考えられる。しかし、行政文書の保存をめぐって世間の耳目を集めた近時の事例などを見ているだけでも、すべての文書を廃棄しないという原則の導入には、行政実務の現場からの抵抗は強そうである。
また、行政機関個人情報保護法改正により自治体の個人情報保護条例においても非識別加工情報の仕組みを導入し、事業者等に個人を特定できないように情報を加工した上で情報を提供する制度を創設することが求められている。情報公開と情報提供に加えて、新たな第三の制度としてのオープンデータが加わり、さらに第四の制度として非識別加工情報も導入されることになったわけである。
このように、情報の提供の仕組みが複線的になったため、そのすみ分けについても、さまざまな議論が生じている。一例を挙げれば、非識別加工情報は手数料を徴収して有償で提供することが想定されているが、オープンデータは無償であることが望ましいとされていることをどう考えるか、という点がある。
ある制度を創設しても、いざそれを実際に運用する段階になると、想定していなかったような実務上の問題が生じるものである。データの保存と利活用の問題についても、今後の動向が注目される。
【著作権は、湯淺氏に属します】