第481号コラム:和田 則仁 理事(慶應義塾大学 医学部 一般・消化器外科 講師)
題:「未読防止対策とその周辺」

私は損保会社の顧問をしている。病院で発生した事故について、法的争いになっているかどうかは別として、事故にいたる経緯で病院側に過失(過誤)があるかどうか、意見を述べる立場である。検証する資料は診療録(カルテ)、レントゲンの画像や手術のビデオなどである。いずれもかつてはアナログデータであったが、現代は多くが電子化されており、デジタル・フォレンジック的な考えを導入すべき分野である。

事故の類型のひとつに、検査結果が確認されなかったため病気の診断・治療が遅れ、病気が進行してしまい、助かる病気も助からなくなったというものがある。私が担当する事例でも同様のケースが少なからずある。例えば、急性胆嚢炎で内科に入院し、薬物療法で急性胆嚢炎を治療し退院した後に、再度外科で入院して胆嚢摘出術を受けるという状況があった。胆嚢の手術をする前にスクリーニング検査として内視鏡検査(いわゆる胃カメラ)を受けたのであるが、たまたま早期胃癌が見つかった。内視鏡を担当した医師は、内視鏡を行った時点では早期胃癌であると確診はしていなかったが、念のため生検を行い、後日病理診断で胃癌と診断された。内視鏡をオーダーしたのは内科医で、内科入院中に内視鏡が行われたが、その時点では内視鏡検査で胃癌と診断されていない。退院後に病理の結果が判明し、胃癌と確定診断された。その後、胃癌であるという検査結果は誰の目にも触れることなく、外科で入院となり予定通り胆嚢摘出術が行われ、胆嚢炎の治療としては問題なく完結した。この事例では、たまたま癌登録の作業を行っていた診療情報管理士が、未治療の胃癌があることに気付き、内科医に問い合わせたことで検査から8か月後に見落としであることが判明した。幸いまだ根治可能な早期胃癌の段階であったが、8か月前であれば恐らく内視鏡治療で済んだものが、既に手術が必要な状態になっており、胃切除が行われることになった事例である。

病院側の落ち度は明らかであり、患者に損害(内視鏡治療ではなく手術が必要になったことで、手術に伴う入院期間の延長、入通院治療費の増加、生涯にわたる胃切除後後遺症、精神的苦痛、雑費などその他の諸費用)が認められ、病院はこれを償う必要がある。一方、再発防止の観点から検証した場合、注意義務違反が誰にあるのかは単純ではない。一義的には内視鏡をオーダーした内科医である。医師として検査を依頼した以上、最終的な結果を確認ししかるべき対応を行う善管注意義務がある。また、この検査は胆嚢摘出術の術前検査として本来は外科で行うべきものを内科入院中行ったという経緯から、術前に外科医が検査結果をレビューすべきことも善管注意義務であろう。術前検査の結果を確認することなく手術を行った外科医の注意義務違反も問われるところである。内視鏡を行った医師は、自ら生検結果を確認し、病理診断の結果を内視鏡検査の最終結果として依頼元に報告する責任もあるといえる。また生検の病理結果の確認は自らの内視鏡診断の質の維持・向上のためにも必要な基本的作業でありこれを怠った責任も指摘できる。病理診断を行った病理医も、病理伝票で癌を疑っていない検体で予想外の癌が認められた場合、臨床側に何らかのアクションを起こすことがあってもいいといえるが、注意義務違反とまでは言えない。実際私自身、積極的に臨床医に電話をかけてくる病理医と仕事をしたことがあるが、臨床医としてとてもありがたい経験であった。診療科を超えた横の連携が緊密である文化は医療安全を守る砦になると思う。

しかし最も重要なのは病院のシステムである。このような見落としは、単純なうっかりミスで片づけることはできず、一定の頻度で臨床現場で起きうるものである。誰かが法的責任を取らなければならないのは当然であるが、医師個人の注意義務違反に帰するには酷と言えるものも少なからずある。検査結果の見落としにより深刻な医療事故となった事例は以前からメディア等で複数報道されている。病院の管理者は、検査結果が確認されないことで起きる事故を防ぐ仕組みを作る必要があるといえるであろう。特に今回紹介した事例のように複数の診療科にまたがって診断治療が行われる場合も想定し、より慎重なシステム作りが求められる。

デジタル・フォレンジック的な観点では、診療情報システム(電子カルテ)で、検査結果閲覧のログが確認できない場合があることが問題となる。放射線診断、病理、内視鏡などの各部門システムで、独自のデータ管理を行っており、結果の閲覧も様々な様体で行われている。事故予防のために、これを一元的に管理し、見落としを検出するのは単純ではなさそうである。また確認した医師が研修医でもいいのか、診療科が違ってもいいのか、転科した場合はどうするか、担当医が退職した場合、患者が来院しなくなった場合などユースケースも複雑である。そもそも、個々の病院は中小企業レベルの規模であり、事業規模から高度なシステム的対応は難しいと言わざるを得ない。しかし医療安全は医療機関にとって一番に優先すべきものであり、コストがかかっても安全な医療を提供しなければならない、という意識を社会で共有すべきであろう。

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