第536号コラム:野﨑 周作 幹事(株式会社FRONTEO 執行役員 技師長 クライアントテクノロジー部 部長)
題:「金融庁『FinTech実証実験ハブ』の実験結果からみる人工知能の活用効果」

eディスカバリや不正会計等の第三者委員会調査の際に発生する膨大なドキュメントレビューの際にTAR(Technology Assisted Review)やPredictive Codingと呼ばれる人工知能技術の活用が進んできています。本コラムではこの人工知能技術(以下、AI)が金融庁「FinTech実証実験ハブ」*1において評価された実証実験結果*2を紹介します。

本実証実験は3つの銀行と1つの証券会社が参加して行われました。これまで金融機関では営業員によって日々発生する金融商品販売時の大量の応接記録や、電話で寄せられるお客さまからの様々な意見やお申し出の膨大な音声記録を、人のみによるチェックで確認してきました。本実証実験では下記のチェック業務においてランダムに正解があらわれる記録を人のみでチェックした場合と、AIがスコアリング(点数付け)し優先順位が付けられた記録を人がチェックする場合での検出精度や生産性、作業の標準化率などを定量的に比較測定しました。

(実証実験に採用したチェック業務)
【銀行】投資信託などの金融商品販売時の営業応接記録のチェック業務
【証券】通話録音記録(音声テキスト)からのお客さまのご意見・お申し出のチェック業務

AIを活用して対象となる記録のチェックを実施した場合と、人のみでチェックを行い、実証実験の設定時間で作業が途中だったものについては同精度・同速度でチェックを継続、完了したと仮定し、全件終了時を推計した結果を比較しました。その結果、AIを活用した方が、チェックにかかる時間は、人のみと比べ銀行のケースでは38%短く、証券会社のケースでは55%も短く作業を完了することができました。AIを用いた場合の正解検出率(正解検出件数÷用意された正解数)は、人のみの場合と同等以上であり、AIが人の持つ判断基準の暗黙知を十分に学習できている事が分かりました。また人のみの場合と比べ、全ての記録を高速かつ網羅的に内容をチェックでき、作業時間を大幅に短縮しながら、正解の検知が可能なことが分かりました。

また、今回の実証実験では、チェック業務の実施者に「(業務経験が)豊富」「やや豊富」「短い」という経験の異なる被験者を用意し、時間当りの正解検出件数にどれぐらい分散するかを測定しました。その結果、AIを活用した場合では、人のみの場合と比べ、時間当りの正解検出件数のバラツキが少なく、業務経験やスキルに違いがあるスタッフがチェック作業を行っても品質の差が少なくなる、標準化の効果があることが分かりました。

現在金融業界では消費者のニーズや金融商品の多様化により、これまで以上に丁寧な商品説明やお客さまへの適切な対応が求められています。このようにお客さま本位の業務運営が求められる一方で「働き方改革」を実現するために行員、社員の生産性も考慮する必要に迫られています。

今回の実証実験は、実務でのAIの活用を通じて、様々な観点でのモデル構築・精度検証等をおこなうことで、金融機関における業務の高度化、効率化といった課題をAIで解決できる見通しの1つの成果となりました。チェック業務でAIを活用する際の金融機関からの懸念点と、監督指針における金融庁からの見解は、以下のとおりとなります。

<金融機関からの懸念点>
チェック業務において、AIによる一次チェック、人による二次チェックを行う運用問題があるか。
各金融機関にて、AIによる判定基準を独自に設定し運用することに問題があるか。
各金融機関にて、AIの学習済みモデルの信頼性を確認する周期を独自に設定することは問題があるか。

<金融庁からの見解>
例えば、AIによる判定基準や学習済みモデルの信頼性等に関する検証を合理的な方法・間隔で行う等、
適切な運用がなされているのであれば、法令・監督指針上、金融機関による確認業務に関し、AIによる
一次確認を介する運用を行うことに特段の問題はないと考えられる。

失敗の許されないリーガルテック業界で培った人工知能技術は今後エキスパートがドキュメントをチェックする様々な業務領域を支援していくと考えられます。

*1 「FinTech実証実験ハブ」
金融庁はフィンテック企業や金融機関等が前例のない実証実験を行おうとする際に抱きがちな躊躇・懸念を払拭するため、2017年9月21日に「FinTech実証実験ハブ」を設置しました。FinTech実証実験ハブでは、フィンテック企業や金融機関等が、実験を通じて整理したいと考えている論点(コンプライアンスや監督対応上のリスク、一般利用者に向けてサービスを提供する際に生じうる法令解釈に係る実務上の課題等)について、個々の実験毎に庁内に担当チームを組成して継続的な支援を行っています。

*2 実証実験結果
https://www.fsa.go.jp/news/30/20180801.html

【著作権は、野﨑氏に属します】