第550号コラム:松本 隆 理事(株式会社ディー・エヌ・エー システム本部 セキュリティ部)
題:「仮想通貨取引の無法地帯」
年明け早々の2019年1月8日付け産経新聞に、金融庁が金融商品取引法(金商法)の改正や関連法令を見直す検討をついに始めたという記事が掲載された。利用者保護や公正な市場をつくる観点から、金商法では金融商品を扱う事業者は正規の手続きを経た事前登録が必要となるが、同法には金銭ではなく仮想通貨で出資を受けた場合についての記載はなく、規制対象となるかは曖昧だった。昨年には実際にこの法の穴を狙った事案も発生しており、法的な裏付けがない現状では刑事裁判での公判維持が難しくなる可能性があるため、明確に規制対象とする方針で検討が進んでいると記事では述べられている。
この例に限らず、現状の仮想通貨取引には幾つかの“無法地帯”が存在する。例えば仮想通貨に多額の投資をしているという自称投資家たちの一部は「仮想通貨のインサイダーは合法」と嘯きながら、相場操縦とも取られかねないような赤裸々な情報をSNSで(しかも驚くべきことに実名で)熱心に発信している。
試しにTwitterのリアルタイム検索で“ 仮想通貨 インサイダー ”と検索してみると、「抽選でインサイダー情報なども配布」「絶対に儲かるインサイダー情報を配信中」などの冗談かと思うようなツイートがいくらでも見つかる。実際に日本でも過去に、あるマイナーな仮想通貨取引で相場操縦を匂わす投資家の発言が話題になったことがある。しかし、冒頭で述べたように金商法の規制が仮想通貨に適用されるか曖昧な現状では、これらのインサイダー取引や風説の流布、相場操縦が疑われるような行為を厳しく取り締まることは現実的に難しいだろう。
ある自称投資家は言う。「仮想通貨で儲かるただ一つの条件がある。インサイダー情報を知っている人のみが勝つ世界だ」。この類のSNS上での怪しげな発言には、例えば投稿者自らが運営しているチャットページへのリンクが貼られていて、甘い言葉に釣られてうかつにリンクを踏んでしまうような、欲の皮が張った“カモ”を手ぐすね引いて待っている。インサイダー上等の自称投資家にとって仮想通貨の投資とは、情報を持つものが持たないものから金を巻き上げるゲームだと考えているふしがある。
現状の仮想通貨取引には法的な意味で、文字通りの無法地帯が存在する。もちろん、このような無法状態が長く続くことはないと信じている。冒頭の金商法改正の議論のように、具体的事例に基づき必要な法整備が粛々と進んでいくのだろう。
さて、これら現時点では明確に違法と言えないかもしれないが、いつ違法と判断されてもおかしくないようなグレーな勧誘を、オープンにTwitterやYouTubeで行ってしまうような自称投資家は、実のところ脇が甘い連中だと言える。目端の利く連中は既にプライベートチャネルが張れるコミュニケーションツールを中心に活動している。
これらのツールはユーザーのプライバシーが配慮され、匿名性が高く通信も暗号化されており、従来型のログ分析での追跡が困難になるため、当局の捜査を逃れる目的でも利用されている。
これも仮想通貨取引周辺の技術的な“無法地帯”を構成する要素といえる。
この手の匿名性の高いコミュニケーションツールはテロリストの連絡手段として、また仮想通貨を利用した犯罪者間の金融システムの一端を担っているとセキュリティの専門家から指摘されている。ツールそのものの利用を規制する動きはあるが、残念ながら管理的/技術的な抜け道はいくらでも存在するので、現時点で決定的な対策は存在しないだろう。
仮想通貨取引における無法地帯化を外部から支援する違法なサービスも存在する。例えば、本人確認書類の偽造サービスなどが挙げられる。
一般向けの本人確認書類の偽造サービスは、もともと特定業務の従事者が年齢詐称したり、さまざまな理由で架空の人物になりすます目的で利用する、それほど品質の高くないサービスが大半だった。しかし近年では、銀行や仮想通貨交換所で新規口座開設の際の、本人身元確認のプロセスに利用可能な比較的質の高いサービスが手ごろな金額で提供されている。
納品方式はデータもしくは物理で、口座を作成する本人確認プロセスに応じて利用者が選択する。ある偽造サービスのQ&Aを読むと、偽造サービスの一定数の利用者が、仮想通貨の匿名口座を作成する目的でサービスを活用していることがわかる。作成された匿名口座は、犯罪者によって不正送金や資金洗浄に悪用されている可能性が高い。
仮想通貨取引における不正対策について議論するとき、真っ先に匿名暗号通貨がやり玉に挙げられるように、あたかも匿名性の高い仮想通貨を規制すれば解決するかのようにとらえられがちだ。しかし実際は、匿名暗号通貨は仮想通貨取引における「悪用」の技術的要因の一つでしかない。不正を構成している要素は、法的整備の遅れだったり、通信の匿名化などの既知の技術の悪用だったり、犯罪行為を支えるサービスだったりが入り混じっていて、それらの結果として現在の手が付けられない“無法地帯”が生まれている。単純に一つのアプリケーションの仕様についてのみ議論しても問題は解決しない。
個人的な意見を述べるならば、仮想通貨取引の無法地帯状態について、このまま本質的な解決策が見いだせない状態で、マネロンやテロ資金対策が事実上不可能な送金手段をこのまま社会が許容し続けるとは思えない。2019年は仮想通貨がどういう状況になっていくのか、蔓延する不正に対抗する糸口が見えるのか、現時点ではまったく予想がつかないでいる。
【著作権は、松本氏に属します】